結論テキスト
審判費用は被請求人の負担とする。
Trademark Appeal Case
本データベースは、特許庁の審決例をAIで解析・要約したものです。拒絶理由通知に対する意見書作成や、審判請求書等の作成時の参考としてお役立てください。
| 審判番号 | 無効2001−35399(T2001−35399/J3) |
|---|---|
| 審判種別 | 無効 |
| 結論 | 勝訴(請求認容) |
本件登録第2723387号商標(以下「本件商標」という。)は、平成3年11月6日に登録出願、「ポロ カントリー」片仮名文字と「POLO COUNTRY」の欧文字を上下二段に横書きしてなり、第24類「おもちゃ、人形、娯楽用具、運動具、釣り具、楽器、演奏補助品、蓄音機(電気蓄音機を除く)レコード、これらの部品および付属品」を指定商品として、平成9年10月31日に設定登録されたものである。
請求人は、結論同旨の審決を求め、その理由を要旨次のように述べ、証拠方法として、甲第1号証ないし甲第23号証を提出した。
(1)請求人は、米国ニューヨーク州所在のリミテッド パートナーシップであり、被服や眼鏡、フレグランスその他のファッション関連商品について、関連会社やライセンシー及び販売店を通して世界的な規模で製造及び販売に携わっているものである。
請求人がライセンシーや販売店等を通じて製造販売している商品は、請求人の主な構成員であり世界的に著名なデザイナーであるラルフ・ローレンによってデザインされたものである。英国の伝統を基調としそれに機能性を加えたデザインと、卓越した製造技術並びに一貫した品質管理による良質の製品は、米国のみならず、日本を含む数十カ国に及ぶ世界の国々において、多くの消費者から高い評価を得ており、現在では世界的規模でファッション関連事業を展開している。
(2)請求人商品のデザイナーであるラルフ・ローレンは、1939年米国ニューヨーク州ブロンクスで生まれ、学業を終えたのち手袋やネクタイ等のセールスを経験し1967年(昭和42年)ネクタイ製造販売会社である「ボー・ブランメル」に入社した。そこで自らデザインしたネクタイを販売する新しい会社を任されるようになり、彼のデザインした幅広のネクタイに「POLO」のラベルを付すとともにその会社名を「ポロ・ファッションズ」とした。
それは「ポロ」が当時の裕福な階級に限定された排他的なスポーツであり、そのスタイルにおいても高級・高雅性をイメージさせたからである。そして彼のデザインした幅広のネクタイが評判となり、1968年(昭和43年)「POLO」標章を付したラルフ・ローレンのネクタイがニューヨークの大手百貨店であるブルーミングデールで販売され高価であったにもかかわらず、たちまち大好評を博した。因みに当時ブルーミングデールで商品にデザイナーブランドが付けられて販売されていたのはクリスチャン・ディオールのみであった。
ラルフ・ローレンは1968年(昭和43年)独立し「ポロ・ファッションズ社」を新たに設立しその年自らデザインしたスーツを発表した。以後精力的にメンズウエアのデザインを発表し、1970年(昭和45年)には早くもファッション界のアカデミー賞とも称される「コティ・アメリカン・ファッション・クリティックス賞」のベスト・メンズウエア・デザイナー賞を受賞した。そして、その後は順調に業績を伸ばした結果、当時はデパートのメンズ部門がデザイナーに個人のブティックを与えることは前例にない時代であったがブルーミングデールを初めとする全米の有名デパート等に自らのブティックを出店していった。
また、婦人用商品は、1971年(昭和46年)婦人用のシャツ、ブラウスのデザインをかわきりに1972年(昭和47年)には婦人服のフル・コレクションを発表してメンズウエアでの高い評価と並んで小売業者や顧客たちの間で爆発的な人気を呼ぶに至った。そして紳士用の商品には「POLO」又は「POLO by RALPH LAULEN」の標章を使用していたが婦人用には「Ralph Lauren」と「馬に乗ったポロプレーヤーの図形(ポロプレーヤーマーク)の標章を使用することにした。なお、1972年(昭和47年)頃からメンズウエアも含めラルフ・ローレンの全商品にポロプレーヤーマークを付すようにした。
そして、ラルフ・ローレンは、1973年(昭和48年)に映画「華麗なるギャツビー」の衣装を担当したことから広く世界の人々にその名を知られるようになりデザイナーとしての名声が不動のものとなった。それとともに、ラルフ・ローレンのデザインに係る商品に使用する標章「POLO」並びに「POLO by RALPH LAULEN」及びポロプレーヤーマークはいわゆる「POLO」ブランドと称され(時には「Ralph Lauren」標章も含め称する場合がある。)それら「POLO」ブランドを冠した商品は、被服はもとより眼鏡・フレグランスなどのファッション関連商品、ホーム・ファニシング、レザーグッズ、ゴルフ用品などに亘ってトータルに展開されており、「POLO」ブランドは、請求人のブランドとして米国はもとより全世界的に著名となっている。
(3)以上から明らかなように、被請求人が本件商標を出願した当時は、既に「POLO」ブランドは米国で成功を収めており、ラルフ・ローレンのデザインし「POLO」ブランドを付した商品が米国で盛んに販売されていた。
米国における成功を受けて「POLO」ブランドを付した請求人商品が、日本において展開されるようになった経緯は以下の通りである。また、その過程において請求人商品(時には請求人又は請求人関連者自体を含め)は「ポロ」と略称されることが多くなった。
(1)日本におけるポロの最初のライセンシーは、菱屋株式会社であり1975年(昭和50年)ポロのネクタイの製造販売を開始した。ついで、1976年(昭和51年)株式会社西武百貨店がメンズウエアについてライセンス契約を結び、直ちに販売を開始し、以後1978年(昭和53年)レディースウエア、1980年(昭和55年)ボーイズウエア、1982年(昭和57年)ガールズウエア及びレザーグッズ、1985年(昭和60年)寝具等ホーム・ファニシング、1994(平成6年)ゴルフ用被服及び小物、1997年(平成9年)幼児服及びジーンズ製品の販売を夫々開始し、精力的に請求人の商品を展開してきている。
(2)西武百貨店は、ライセンス商品の展開にあわせて新聞・雑誌等のメディアを通じて請求人商品の広告宣伝に力を注いだ。すなわち、1977年(昭和52年)から1987年(昭和62年)まで毎年4000万円〜1億1800万円の宣伝・販促費を投じており、1988年(昭和63年)西武百貨店の請求人商品を取り扱う部門が独立し、株式会社ポロ・ラルフローレン・ジャパンが設立されてからは毎年4億1100万円〜13億7700万円の宣伝・販促費を費やして請求人商品の普及に努めている。かかる広告宣伝活動の結果、日本における請求人商品の売上げは、1977年(昭和52年)の5億6000万円を皮切りに毎年、前年度を大幅に上回る伸びを示し、現在では年間900億円近い売上げを誇る日本でも有数の人気の高いブランドの一つとなっている。因みに、請求人の「POLO」ブランドが、請求人商品を示すものとして極めて短期間に日本における周知・著名性を獲得していることを示すものとして昭和63年から平成元年にかけて「POLO」又はポロプレーヤーマークを付した偽ブランド商品が第三者によって大量に販売され摘発されるという事件が発生したほどである。
(3)以上から明らかなように、被請求人が本件商標を出願した以前から既にラルフ・ローレンがデザインし「POLO」ブランドを付した商品が日本において盛んに販売され「POLO」ブランド及びその略称「ポロ」の著名性は確立していた。
(1)本件商標は、著名なブランド「POLO」及び「ポロ」と同一の文字をその構成の一部に有するものである。そして、本件商標は、全体として確立された意味を有するものではなく「POLO」、「ポロ」の後に続く「COUNTRY」、「カントリー」の文字は「国、本国」等を意味する一般に良く知られた語であるから「POLO」と「COUNTRY」の部分及び「ポロ」と「カントリー」の部分は分離して認識され得るものである。そして、「POLO」ブランドはその周知著名性の程度が高いものであり、また、本件商標の指定商品は一般大衆が日常的に使用する商品であるところから請求人取扱商品と取引者・需要者を共通にするものである。したがって、取引者・需要者が本件商標に接した場合は、例えその構成中に「COUNTRY」、「カントリー」の文字を有していても「POLO」及び「ポロ」の部分に着目して請求人の標章を連想する。
(2)このことは、東京高等裁判所平成11年(行ケ)第315号事件(「POLO COUTRY/ポロカントリー」)、同平成11年(行ケ)第334号事牛(「POLO COUTRY」)そして最高裁判所平成12年(行ヒ)第172号事件(「PALM SPRINGS POLO CLUB/パームスプリングスポロクラブ」)の判決に徴して疑いないことである。
(3)以上のとおり、本件商標は、これをその指定商品に使用した場合は、取引者・需要者をして請求人または請求人と経済的又は組織的に何らかの関系がある者の業務に係る商品であると誤認し、商品の出所について混同を生ずるおそれがあるものである。
被請求人は、何等答弁していない。
(1)株式会社講談社(昭和53年7月20日)発行 「男の一流品大図鑑」(甲第2号証)、サンケイマーケッティング(昭和58年9月28日)発行「舶来ブランド事典’84ザ・ブランド」(甲第3号証)の記載によれば、アメリカ合衆国在住のデザイナーであるラルフ・ローレンは、1967年に幅広ネクタイをデザインして注目され、翌1968年にポロ・ファッションズ社(現在はザボロ/ローレンカンパニー リミテッド パートナーシップに名称変更、以下「ポロ社」という。)を設立、ネクタイ、シャツ、セーター、靴、かばんなどのデザインをはじめ、紳士物全般に拡大し、1971年には婦人服の分野にも進出した。1970年と1973年に服飾業界で最も名誉とされる「コティ賞」を受賞し、1974年に、映画「華麗なるギャッビー」の主演俳優ロバート・レッドフォードの衣装デザインを担当したことからアメリカを代表するデザイナーとしての地位を確立した。この頃から、その名前はわが国の服飾業界においても広く知られるようになり、そのデザインに係る一群の商品には、横長四角形中に記載された「Polo」の文字とともに「by RALPH LAUREN」の文字及び「馬に乗ったポロ競技のプレーヤーの図形」の各標章が使用され、これらは「ポロ」の略称で呼ばれるようになった
(2)株式会社洋品界(昭和55年4月)発行「海外ファッション・ブランド総覧1980年版」(甲第10号証)の「ポロ/POLO」の項及びボイス情報株式会社(昭和59年9月)発行「ライセンス・ビジネスの多角的戦略’85」(甲第11号証)の「ポロ・バイ・ラルフ・ローレン」の項の記述、及び昭和63年10月29日付日経流通新聞(甲第13号証)の記事によれば、わが国においては、西武百貨店が昭和51年にポロ社から使用許諾を受け、同52年からラルフ・ローレンのデザインに係る紳士服、紳士靴、サングラス等の、同53年から婦人服の輸入、販売をしたことが認められる。
(3)また、ラルフ・ローレンのデザインに係る紳士服、紳士用品については、株式会社スタイル社(1971年7月)発行「dansen男子専科」(甲第9号証)をはじめ、株式会社講談社(昭和55年5月)発行「世界の一流品大図鑑’80年版」(甲第14号証)、「男の一流品大図鑑」、株式会社講談社(昭和56年5月)発行「世界の一流品大図鑑’81年版」(甲第15号証)、株式会社講談社(昭和55年11月)発行「男の一流品大図鑑81年版」(甲第16号証)、婦人画報社(昭和59年1月)発行「MEN’SCLUBI984,1」(甲第4号証)などにおいて「POLO」、「ポロ」、「Polo」、「ポロ(アメリカ)」、「ポロ/ラルフ・ローレン(アメリカ)」等の表題のもとに紹介されていることが認められる。
また、著名商標「POLO」、「ポロ」が使用されている商品「被服」等と本件商標の指定商品とは、一般世人が日常的に使用する商品であり、需要者を共通にするばかりでなく、本件商標の指定商品中には、デザイン、機能性が重視される「運動用特殊衣服」等商品の関連性があるものも含まれている。
そこで、本件商標をみると、本件商標は、「ポロ カントリー」、「POLO COUNTRY」の文字よりなるところ、「ポロ カントリー」、「POLO COUNTRY」の語が、全体として特定の熟語や団体名称を表すものとして一般の取引者、需要者によく知られているいるものとは認められない。そして、「 カントリー」、「 COUNTRY」は、「国、地方」という意味も有するから、「ポロ」、「POLO」と「 カントリー」、「 COUNTRY」の文字部分は分離して認識されるものである。
してみれば、本件商標の登録出願時において、本件商標がその指定商品に使用された場合には、本件商標に接した取引者、需要者は、本件商標を構成する文字中の「ポロ」、「POLO」に着目して「ポロ」、「POLO」と通称される著名商標を連想し、請求人もしくはラルフ・ローレンと経済的または組織的に何らかの関係を有する者の取扱いに係る商品であるかのように、その商品の出所について混同を生ずるおそれがあるものと判断するのが相当である。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第15号に違反して登録されたものであるから、商標法第46条第1項の規定によりその登録を無効とすべきである。
よって、結論のとおり審決する。
Next Action
類似審決の追加調査から中間応答、新規出願の費用確認まで、この審決を起点に次のアクションへ進めます。
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