結論テキスト
審判費用は被請求人の負担とする。
Trademark Appeal Case
本データベースは、特許庁の審決例をAIで解析・要約したものです。拒絶理由通知に対する意見書作成や、審判請求書等の作成時の参考としてお役立てください。
| 審判番号 | 無効2004−89021(T2004−89021/J3) |
|---|---|
| 審判種別 | 無効 |
| 結論 | 勝訴(請求認容) |
本件登録第4195559号商標(以下「本件商標」という。)は、「福沢諭吉」の漢字を横書きしてなり、平成6年11月30日に登録出願、第16類「紙類,雑誌,新聞,書画,写真,遊戯用カード,文房具類」を指定商品として、同10年10月9日に設定登録されたものである。
請求人は、結論同旨の審決を求めると申し立て、その理由及び答弁に対する弁駁を要旨次のように述べ、証拠方法として、甲第1号証ないし甲第41号証(枝番を含む。)を提出した。
(1)本件商標は、「慶應義塾」を創設した教育者として、また、「学問のすすめ」等を著した啓蒙思想家として極めて著名な「福沢諭吉」の氏名を普通の書体で単に左横書きしたにすぎないものであり、同人は、故人ではあるものの、今日においても極めて著名であるとともに、その郷土の大分県中津市はもとより全国の人々に敬愛されており、かつ、その遺族等の承諾を得て登録出願したものとも見受けられないことから、同人と何ら無関係の他人に本件商標の登録を認め、その指定商品についての独占排他的使用を認めることは、「福沢諭吉」の名誉・名声を毀損し、同時に、同人の遺族等の名誉・心情を毀損するのみならず、同人を敬愛する郷土の人々並びに全国の人々の社会的感情を毀損するばかりか、公正な取引秩序を乱すことは明らかである。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第7号に該当する。
(2)商標法第4条第1項第7号は、社団法人発明協会発行・特許庁商標課編「商標審査基準(改訂第7版)」(甲第11号証)からも明らかなように、商標の構成自体がきょう激な文字等でなくとも、指定商品について使用することが、社会の一般的道徳観念に反する場合に、または、社会公共の利益に反する場合に、その商標登録を拒否することを定めたものである。
そして、現存者の氏名については、その者の人格的利益を保護する観点から、承諾を得た場合を除き、他人による商標登録を拒否することは、商標法第4条第1項第8号より明らかであるが、たとえ故人の氏名といえども、故人と何ら無関係の他人による商標登録を拒否すべき場合が存することは明らかである。
すなわち、故人の氏名といえども、故人の業績等によりその者が著名となっている場合には、特定人の同一性を認識させる氏名の本来的機能を超越し、業績等に相応した敬愛・尊敬・憧憬等の社会的感情を抱くに至る社会的機能ないし社会性を獲得したものと目するのが相当である。それ故、その遺族等の承諾を得ることなく、故人と何ら無関係の他人による商標登録を認めることは、故人の名誉・名声を毀損し、同時に、故人の遺族等の名誉・心情を毀損するのみならず、故人を敬愛等する一般世人の社会的感情を毀損するものであり、社会の一般的道徳観念に反することは明らかである。
また、その故人と何ら無関係の他人に故人の名声・信用に便乗し、指定商品についての使用の独占をもたらすことは、公正な取引秩序を乱すこととなり、社会公共の利益にも反することは明らかである。
したがって、故人がその業績等により著名であって、かつ、その遺族等の承諾を得ていない場合に、その故人と何ら無関係の他人に対して、故人の氏名を採択した商標の登録を認め、その指定商品についての独占排他的使用を認めることは、社会の一般的道徳観念に反するとともに社会公共の利益にも反することから、そのような登録は、商標法第4条第1項第7号により、拒否されるべきものである。
(3)ここで、福沢諭吉の人物について考察するに、同人は、1835年(天保5年)に大坂玉江橋北詰中津藩蔵屋敷で同藩士福澤百助の次男として誕生し、1858年(安政5年)には、築地鉄砲洲の奥平家中屋敷の長屋の一軒で蘭学の家塾を開き、1868年(慶應4年)に新銭座に塾を移し、塾名を時の元号にちなんで「慶應義塾」と名付けた。その後、1871年(明治4年)に三田に同塾を移し、1890年(明治23年)には大学部を発足させるに至ったところ、1901年(明治34年)に三田慶應義塾構内の自邸にて逝去したものである。この間、欧米文明を紹介した「西洋事情」の著作の他、「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」に始まる人間平等宣言と一身独立・一国独立の主張で人々の心をとらえ当時ベストセラーとなった「学問のすすめ」、「文明論之概略」等の多数の著作物を発行している(甲第2号証、甲第12号証ないし甲第14号証)。
これらの「慶應義塾」を創設した教育者、啓蒙思想家としての業績に相応するように、今日「福沢諭吉」の氏名に接する一般世人は、同人を明治時代の教育家・啓蒙思想家と直感することはもとより、その業績に相応した敬愛等の社会的感情を抱くに至ることは明らかである。
このことは、高等学校の日本史の教科書(甲第15号証)、中学校の歴史の教科書(甲第16号証)、小学校の社会の教科書(甲第17号証)においても、同人が紹介されていることからしても明らかである。
したがって、同人が、万人においてあまねく知られている極めて著名な故人であることに疑義を差し挟む余地はない。
そして、その郷土の大分県中津市においては、市を挙げて、福沢諭吉が青少年期をすごした家屋「福沢諭吉旧居」を国指定文化財の史跡として保存し(甲第18号証)、また、「福沢家先祖の墓」を市指定文化財の史跡として保存しているものである(甲第19号証)。さらに、「福沢諭吉旧居」の隣には「福沢記念館」を設け「学問のすすめ」の原本や遺墨等を展示するとともに、請求人の主催・後援の下「福沢諭吉記念祭全国高等学校弁論大会」や「独立自尊」等の同人にちなんだ語句を課題とした「近郊小中校書写展」をも開催しているものである(甲第20号証、甲第21号証)。
また、1984年に発行された現在の一万円札の表面及び透かしには、福沢研究センター所蔵の1891年撮影「福沢諭吉肖像」写真(甲第22号証)を基にした福沢諭吉の肖像が表示されている(甲第23号証)。かかる肖像の採択に当たっては、「国民一般に受け入れやすい代表的な文化人であること」をその条件としていることからも明らかなように(甲第24号証)、1984年の発行当時、福沢諭吉が既に国民一般に敬愛の念をもって受け入れられている人物であったことは自明である。
(4)本件商標は、明治時代の教育家・啓蒙思想家として極めて著名な「福沢諭吉」の氏名そのものを商標として採択したものといわざるを得ないものである。
(5)本件商標のように、商標法第4条第1項第7号に違反すると判断している審査・審判例は、多数存在する(甲第25号証ないし甲第34号証)。
(1)請求人は、福沢諭吉本人の承諾がないことを理由に公序良俗に反すると主張しているものではない。
(2)請求人は、福沢諭吉の場合についてのみ言及しているのである。
福沢諭吉の場合の思想や業績・名声の維持・普及活動の仕方と他の人の取扱いとは全く異なるものであるから、これを混同しては本論から逸脱することになる。
(3)「福沢諭吉」への敬愛の念を毀損するか否かについての基準は、福沢諭吉と密接な関係がある者による使用であって、一般世人の社会的感情を毀損せずに、かつ、社会の一般的道徳観念に反しない使用の仕方であるか否かを判断すべきである。
したがって、「福沢諭吉と密接な関係がある者」に該当しない全くの第三者である被請求人は、かかる基準に該当し得ない。
(4)請求人は、甲第35号証に示すとおり、福沢諭吉の遺族(神奈川県川崎市在)より、出願手続、本件審判請求等を行うことについて承諾を得ているので、出願手続を行う正当権原を有する。
(5)被請求人は、永年にわたる本件商標の使用において、取引業者や消費者から「『福沢諭吉』への敬愛の念を毀損する」というクレームを受けていないと主張する。
しかし、この主張は、本件審判における争点とは全く関係ない。
(6)請求人の列挙した事例は、本件審判における請求人の主張と同一の理由により、特許庁の審査官が拒絶理由を通知し、これを受けた出願人もこの拒絶理由に納得して拒絶査定を受けている事実を理解するのみである。
(7)むすび
本件商標は、商標法第4条第1項第7号に違反して登録されたものであるから、同法第46条第1項の規定によりその登録を無効とすべきである。
被請求人は、本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。との審決を求めると答弁し、その理由を要旨次のように述べ、証拠方法として、乙第1号証ないし乙第7号証を提出した。
(1)請求人の主張をそのまま認めることとすれば、卑弥呼や菅原道真、小野小町、その他の伝説的な人物の氏名や、徳川家康、豊臣秀吉、武田信玄、上杉謙信、真田幸村等の戦国武将、また坂本竜馬や近藤勇等の明治維新期の著名人の氏名も本人の承諾がなければ登録されるべきではないことになる。
特許庁の従前の審査基準においては、人名に関する登録出願があった場合、「本人の同意」がある場合には登録するという取り扱いがなされていた。その後、外国商標に関し、故人の氏名の場合、配偶者の承諾を得れば登録するという取扱いとなったのである。この取扱いは、日本国民の氏名に関しても同様である。
しかしながら、このような取扱いを根拠に、如何にして何代も調査する必要のある遺族の承諾をまで得ることが必要であるという取扱いが導き出されるべきなのかは、被請求人には理解することができない。
ところで、「美空ひばり」や「石原裕次郎」のように、一般人の意識の中に彼らの存命中の印象が強く残っており、そのイメージを損なうような事例が商標の使用において頻繁に生じ得る場合のあることも認められる。そしてそのようなケースにおいては、従前の配偶者が存命中にのみ登録しない(配偶者の承諾が必要である)、逆に言えば配偶者が死亡したら登録するという審査基準の取扱いを拡大し、一般人の意識の中にある彼らの存命中のイメージを毀損しないようにすることは被請求人としても充分是認できることである。
しかしながら、本件商標はそのような事例には該当しないのである。
商標法第4条第1項第7号の適用範囲をむやみに広げるべきではないとの通説は、上述のような根拠があってのことである。
(2)商標の構成自体が「差別的若しくは他人に不快な印象を与えるような文字又は図形」からなるものと認識される場合には登録適格を欠くといえることは被請求人も認めるところであるが、本件商標は、商標の構成自体が「差別的若しくは他人に不快な印象を与えるような文字又は図形」からなるものと認識されるものではない。
仮に、本件商標が「他人に不快な印象を与えるような文字又は図形」からなるものと認識されるケースが起きたとしても、改められた商標審査基準〔第7版〕にあるように「今後」拒絶されるのであって、すでに登録され平穏に使用されている登録商標を審査基準の変更を理由に無効にする理由とはならない。
(3)「福沢諭吉」への敬愛の念を毀損するか否かはその構成自体にあるのではなく、その用い方にある。
請求人は、自身で商標を「福澤諭吉」とし、第9類以下の多数の区分を指定して商願2004−12654号(公報参照、乙第1号証)を登録出願している。これに関して、遺族や大分県中津市の承諾を得ているようには見受けられない。
請求人自身の使用が「福沢諭吉」への敬愛の念を毀損することはないとしても、指定商品のすべてを請求人自身が使用することは考えられず、他人に使用を許諾することを想定せざるを得ない。そのような場合に如何に使用契約中に「福沢諭吉」への敬愛の念を毀損しないよう謳ったとしても、すでに営利目的である以上、「福沢諭吉」への敬愛の念を毀損する可能性を否定することはできない。
一方、被請求人は、すでに永年にわたって本件商標を使用してきており、取引業者や消費者から、「『福沢諭吉』への敬愛の念を毀損する」というクレームは1件も寄せられていない。
したがって、請求人の上記主張には何も根拠がない。
(4)被請求人の調査によると、請求人の挙げた審査・審判事例(甲第25号証ないし甲第34号証)は、当該事例の出願人が単に拒絶査定に対して審判を請求しなかったことによって登録に至らなかっただけであり、本件商標を無効とする根拠にはなり得ないものである。
被請求人は、本件商標と同様の登録例(乙第2号証ないし乙第7号証)を提出する。
(5)むすび
本件商標は、商標法第4条第1項第7号に違反して登録されたものではなく、その登録を維持すべきである。
甲第1号証ないし甲第34号証(枝番を含む。)によれば、「福沢諭吉」は、明治時代の民間啓蒙思想家で「学問のすすめ」等の作品で知られ、現在の慶應義塾大学の前身である慶應義塾を創設したこと等で一般によく知られているものと認められる。
また、「福沢諭吉」は、郷土大分県中津市はもとより、国民一般に敬愛されていた人物であることも認められる。
そうすると、本件商標は、前記のとおり「福沢諭吉」の文字よりなるものであるから、遺族等の承諾を得ることなく本件商標を指定商品について登録することは、著名な死者の名声に便乗し、指定商品についての使用の独占をもたらすことになり、故人の名声・名誉を傷つけるおそれがあるばかりでなく、公正な取引秩序を乱し、公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがあるものといわざるを得ない。
なお、被請求人は「...このような取扱いを根拠に、如何にして何代も調査する必要のある遺族の承諾をまで得ることが必要であるという取扱いが導き出されるべきなのかは、被請求人には到底理解することができない。」旨主張しているが、本件については、前記のとおり、本件商標の登録は、故人の名声・名誉を傷つけるおそれがあるばかりでなく、公正な取引秩序を乱し、公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがあるものと認められるから、この点に関する被請求人の主張は採用の限りでない。また、被請求人は、審査基準の変更を理由に無効にする理由とはならない旨述べ、本件商標と同様の登録例(乙第2号証ないし乙第7号証)を提出しているが、特定の登録商標が本号に違反して登録されたものかどうかは、個別具体的に判断されるべきものであるから、本件の判断を左右するものではない。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第7号に違反して登録されたものであるから、商標法第46条第1項の規定によりその登録を無効とすべきである。
よって、結論のとおり審決する。
Next Action
類似審決の追加調査から中間応答、新規出願の費用確認まで、この審決を起点に次のアクションへ進めます。
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