Trademark Appeal Case
著名商標との混同
本データベースは、特許庁の審決例をAIで解析・要約したものです。拒絶理由通知に対する意見書作成や、審判請求書等の作成時の参考としてお役立てください。
基本情報
| 審判番号 | 不服2009−15660(T2009−15660/J1) |
|---|---|
| 審判種別 | 不服 |
| 結論 | 敗訴(請求棄却) |
理由テキスト
第1 本願商標
本願商標は、別掲のとおり、図形とその下に「BRUNO VALENTINO」の欧文字を書してなり、第27類「洗い場用マット,畳類,敷物,壁掛け,壁紙」を指定商品として、平成20年7月1日に登録出願されたものである。
第2 原査定における拒絶の理由の要旨
原査定は、「本願商標は、その構成中にイタリアのデザイナー『Valentino Garavani』が、商品『被服、かばん、婦人靴、香水』等に使用して世界的に著名と認められる商標『VALENTINO』の文字を有してなるものであるから、これをその指定商品に使用するときは、恰も前記デザイナーあるいは同デザイナーと何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかの如く、その商品の出所について混同を生じさせるおそれがある。したがって、本願商標は、商標法第4条第1項第15号に該当する。」旨認定、判断し、本願を拒絶したものである。
第3 当審における職権証拠調べ通知
当審において、本願商標が商標法第4条第1項第15号に該当するか否かについて、職権により証拠調べをした結果、「VALENTINO GARAVANI/ヴァレンティノ・ガラヴァーニ」「VALENTINO GARAVANI」「ヴァレンティノ・ガラヴァーニ」「Valentino Garavani」の他、「VALENTINO」「Valentino」「ヴァレンティノ」「バレンチノ」の文字について、以下の事実が認められるとして、同法第56条第1項で準用する特許法第150条第5項の規定に基づき通知(平成22年11月26日付け)し、意見を求めた。
1 辞典類
(1)「英和商品名辞典」(株式会社研究社、1991年第3刷発行)447頁の「Valentino Garavani(ヴァレンティノガラヴァーニ,バレンチノガラバーニ)」の項において、「イタリアRomaのデザイナーValentino Garavani(1932− )のデザインした婦人・紳士物の衣料品・毛皮・革製バッグ・革小物・ベルト・ネクタイ・アクセサリー・婦人靴・香水・ライター・インテリア用品など.・・・1967年にFirenzeで白一色のコレクションを発表してマスコミに大きく取り上げられ,一躍その名を高めた.」の記載がある。
(2)「岩波=ケンブリッジ世界人名辞典」(株式会社岩波書店、1997年11月21日第1刷発行)84頁の「ヴァレンティノ Valentino」の項に、「→ガラヴァーニ,ヴァレンティノ」と記載され、223頁の「ガラヴァーニ,ヴァレンティノ」の項において、「Garavani,Valentino 通称ヴァレンティノ Valentino(伊1933− )服飾デザイナー.・・・世界的に認められるようになったのは1962年のフィレンツェでのショーからである.」の記載がある。
(3)「新・田中千代服飾辞典」(株式会社同文書院、2004年4月1日第1版新訂第7刷発行)659頁の「ヴァレンティノ・ガラヴァーニ[Valentino Garavani]」の項において、「1980年代後半からパリを発表の場にした,イタリアのデザイナー。1932年北イタリアのヴォゲーラ生まれ。17歳でパリへ行き,オート・クチュール組合の学校で学ぶ。1952年から,オート・クチュールのジャン・デッセとギ・ラロッシュの店で修行。1959年ローマへ戻り,クチュールハウスを開く。1962年のコレクションの成功と1967年の『ファッション・オスカー』の受賞で,国際的に知られる。1969年からはプレタポルテも始め,ミラノに店を出す。若々しく明るいデザイン,優雅でかつ魅惑的なデザイン,そして素材の良質さで知られる。」の記載がある。
(4)「ファッション辞典」(文化出版局、2005年2月10日第4版第2刷発行)637頁の「ガラヴァーニ,ヴァレンチノ[Valentino Garavani]」の項には、「1932年イタリア生まれ。パリでの修業の後、’60年にローマに店を開く。’69年ミラノに初のプレタポルテのブティックを出店。’89年オートクチュール進出。華麗でエレガントな作品で、世界中の社交界の女性を顧客に持つ。」の記載がある。
2 書籍、雑誌類
(1)「メイド・イン・イタリア大図鑑」(昭和59年6月1日初版、日本交通公社出版事業局発行)において、「ヴァレンティノ・ガラヴァーニの語り口には、自信と誇りがあふれている。彼の創造するファッションは世界じゅうで人気を博しているが、彼の貴公子然とした、その美貌もまた有名なところだ。」の記載がある。また、その経歴等を紹介する内容とともに、オートクチュール・サロン、オートクチュールのロングドレス、コートのほか、キーホルダー、バッグ、靴、サングラス、ジュエリーなど、商品の写真が掲載されている。
(2)「世界の一流品大図鑑’86年版」(昭和61年5月、講談社発行)において、「VALENTINO GARAVANI\ヴァレンティノ・ガラバーニ(イタリア)」のブランド名とともに、スーツ、ジャケット、ブラウス、ポロシャツ、セーター、ブルゾン、靴、ネクタイ、バッグ、財布、ベルトなど、商品の写真が掲載されている。
(3)「世界の一流品大図鑑’87年版」(昭和62年5月15日、講談社発行)において、「VALENTINO GARAVANI\ヴァレンティノ・ガラバーニ(イタリア)」の表示とともに、ポロシャツ、ブルゾン、シャツ、スカート、ネクタイなど、商品の写真が掲載されている。
(4)「イタリア大図鑑」(1987年11月6日第1刷、読売新聞社発行)において、「VALENTINO GARAVANI\ヴァレンティノ・ガラヴァーニ」の表示とともに、婦人服、香水など、商品の写真が掲載されている。また、説明文において、「ヴァレンティノ」の略称を使用した記載がある。
(5)「世界の一流品大図鑑’95年版」(1994年12月、講談社発行)において、「VALENTINO GARAVANI\ヴァレンティノ ガラヴァーニ(イタリア)」の表示とともに、婦人服の写真が掲載されている。
(6)「ファッション・ブランド・ベスト101」(2001年11月25日初版第1刷、株式会社新書館発行)において、「ヴァレンティノ ガラヴァーニ Valentino Garavani」の経歴等を紹介する内容とともに、「現在、ブランドはヴァレンティノ(レディス、メンズ)、ヴァレンティノ ローマ(レディス、メンズ)、ヴァレンティノ ガラヴァーニ(バッグ、シューズなど)、ヴァレンティノ ジーンズなどのラインを展開。」の記載がある。
(7)「イタリアン・ファッションの現在」(2005年3月30日第1版第1刷、株式会社学文社発行)において、「ヴァレンティーノ・ガラヴァーニ[Valentino Garavani]は、パリのジャン・デセ[Jean Desses]やギー・ラロッシュ[Guy Laroche]での修行後、1959年にローマのコンドッティ通りに最初のアトリエを構えた。また、しばらくしてミラノでもアルタ・モーダのデザイナーの多くが活動しはじめ、そのなかにはジョレ・ヴェネツィアーニ[Jole Veneziani]もいて、彼はスカラ座のプリマやマリヤ・カラスの衣装担当を務め、『ライフ』や『ビキ』などの表紙に登場するなど国際的な評価を得ていた。」(51頁)、及び「・・・イタリアでもっとも広く視聴されている番組−娯楽ニュース番組『ストゥリッシア・ラ・ノティーツイア[Striscia la Notizia]』−に登場する個性ある人物たちをみればわかる。同番組では、ヴァレンティーノ[Valentino]−1959年ローマのファッションショーでデビューして以来、ファッション界の”伝道者”であり、また風刺対象の”王者”であるデザイナー−の絶妙な物まねが登場する。」(290頁)などの記載がある。
(8)「世界のスターデザイナー43」(2005年12月15日初版第1刷、株式会社未來社発行)において、「ヴァレンティノ・ガラヴァーニ」について、「ファッション界にも、スーパースターがいる。ジョン・ガリアーノやトム・フォードをあげる人もいるに違いない。イブ・サンローランも、確かにそうだった。しかし、ヴァレンティノのように移ろいやすいファッションの世界で、40年以上スーパースターであり続けている人はほかにいない。」(60頁)の記載がある。
(9)「よくわかるアパレル業界[改訂版]」(2006年1月20日最新版、株式会社日本実業出版社発行)において、「ヴァレンティノ/Valentino」の項には、「ヴァレンティノ・ブティック・ジャパン〜ヴァレンティノ・ガラヴァーニがデザイン、パリコレクションに参加している。ヴァレンティノ・レッドと呼ばれる赤などの鮮やかな色を使った大胆でエレガントな作風が特徴。」の記載がある。
(10)「marie claire japon\マリ・クレール」(1989年12月号、中央公論社発行)において、「ヴァレンティノ・ガラヴァーニ」の表示とともに、婦人服の写真が掲載されている。
(11)「毎日グラフ」(1991年8月4日発行)において、ヴァレンティノの東京でのコレクション・ショーの記事と写真が掲載されされており、「ヴァレンティノ」の略称が使用されている。
(12)「marie claire japon\マリ・クレール」(1991年9月号)において、「ヴァレンチノ・ガラバーニ」について、「ヴァレンチノ」の略称を使用した記事と写真が掲載されている。
(13)「家庭画報 1991年12月号」(1991年12月1日、世界文化社発行)において、「・・・ヴァレンティノがファッション界にデビューして30年。その偉業を称えて彼の生地ローマでは街をあげての大祝賀パーティーが催されました・・・」の記載がある。
(14)「marie claire japon\マリ・クレール」(1992年11月号)において、「そしてまたひとつ、新しい話題を呼びそうなスポットが誕生したが、こちらは昔ながらの代官山にふさわしい、大人のための空間である。八幡通りに面して、品格のあるたたずまいを見せる『サンローゼ代官山』だ。この一階にヴァレンティノ・ガラヴァーニの洒落たブッティックがオープンした・・・もっと身近にヴァレンティノのスタイルを取り入れたい、と思っている人には見逃せないブッティックとなるだろう。」の記載がある。
(15)「毎日グラフ」(1992年11月1日、毎日新聞社発行)において、ヴァレンティノの’92〜’93秋冬コレクション。「時の予感―ファッションの未来へ」と題された3日間にわたるイベントの記事と写真が掲載されている。
(16)「ヴァンサンカン 25ans」(1994年4月号、婦人画報社発行)において、「手の込んだディテールで勝負する『ヴァレンティノガラヴァーニ』」の見出しのもと、「満足な着心地で、ディテールの手の込みようはプレタ・ラインであってもオートクチュール並みの完成度、それがヴァレンティノ・ガラヴァーニです。」の記載、及び婦人服の写真が掲載されている。
(17)「marie claire japon\マリ・クレール」(1996年2月号)において、「ヴァレンティノ・ガラヴァーニ」について、「ヴァレンティノ」及び「Valentino」の略称を使用した記事と婦人服などの写真が掲載されている。
(18)「marie claire japon\マリ・クレール」(1996年9月号)において、「ヴァレンティノ」「VALENTINO」の見出しのもと、「ヴァレンティノ・ガラバーニ」の’96〜’97秋冬・プレタポルテ・コレクションの記事と写真が掲載されている。
(19)「暮しの手帖66」(1997年2・3月号、暮らしの手帖社発行)において、「ヴァレンティノ・ガラバーニ」に関する記事と「Valentino」の表示とともに、婦人服の写真が掲載されている。
(20)「家庭画報」(1997年4月号)において、「ヴァレンティノ」及び「VALENTINO」の表示とともに、婦人服、スーツの写真が掲載されている。
(21)「家庭画報」(1997年11月号)において、「ヴァレンティノ」の表示とともに、婦人服、スーツの写真が掲載されている。
(22)「marie claire\マリ・クレールjapon」(1998年4月号)において、「ヴァレンティノ」「VALENTINO」の’98年春夏パリ・オートクチュール・コレクションの写真が掲載されている。
(23)「marie claire\マリ・クレールjapon」(1998年11月号)において、「ヴァレンティノ\Valentino」の見出しのもと、「ヴァレンティノ」に関する記事と’98―’99秋冬ヴァレンティノ オートクチュール コレクションの写真が掲載されている。
(24)「週刊読売」(平成10年11月22日、読売新聞社発行)において、「ヴァレンティノ」の表示とともに、「ヴァレンティノ・ガラヴァーニ」に関する記事と婦人服の写真が掲載されている。
(25)「marie claire\マリ・クレールjapon」(1999年1月号)において、「クチュリエの最高峰と呼ばれ、エレガントなパリ・モードの世界を創造し続けるヴァレンティノ・ガラヴァーニ。その華やかなコレクションがフルラインアップされたブティックがこの秋、横浜に登場した。」(117頁)の記載がある。
(26)「家庭画報」(1999年4月号)において、「ヴァレンティノ」の表示とともに、婦人服の写真が掲載されている。
(27)「marie claire\マリ・クレールjapon」(1999年8月号)において、「ヴァレンティノ」の表示とともに、ベルトの写真が掲載されている。
(28)「家庭画報」(2000年4月号)において、「ヴァレンティノ」の表示とともに、婦人服及びバッグの写真が掲載されている。
(29)「ニューズウィーク日本版」(2001年4月11日、TBSブリタニカ発行)において、「四〇年間にわたり、ファッション界をリードし続けてきたデザイナー、バレンチノ・ガラバーニ。ジャクリーン・ケネディ・オナシスやオードリー・ヘプバーンなど二〇世紀のスタイルを象徴する人々に服を提供してきた彼は、洗練されたデザインの規範をつくり上げてきた。」の記事と写真が掲載されている。
(30)「ハーパース・バザー」(2001年11月号、エイチビー・ジャパン株式会社発行)において、「ヴァレンティノ」に関する記事と婦人服及びバッグの写真が掲載されている。
(31)「婦人画報」(2002年3月号)において、「ヴァレンティノ」の婦人服の写真が掲載されている。
(32)「ハーパース・バザー日本版」(2003年6月号、株式会社HB発行)において、「ヴァレンティノ・ガラヴァーニ」に関する記事と同人の写真が掲載されている。
(33)「家庭画報」(2004年1月号)において、「ヴァレンティノ・ガラバーニ」に関する記事と写真が掲載されている。
(34)「婦人公論」(2004年6月22日、中央公論新社発行)において、「VALENTINO」「ヴァレンティノ」 の表示とともに、婦人服の写真が掲載されている。
(35)「婦人公論」(2005年4月7日発行)において、「ヴァレンティノ」の表示とともに、婦人服の写真が掲載されている。
3 新聞記事
(1)日経産業新聞(1976年10月6日付)において、「伊の鬼才ヴァレンティノ、76年秋冬の新作発表――機能性と女らしさの融合。」の見出しのもと、「パリ・コレクション、ニューヨーク・ファッションと海外からのファッション攻勢が相次いでいるが、今度はイタリアから。同国ファッション界の鬼才といわれるヴァレンティノ・カラバーニの76年秋冬コレクションがこのほど紹介された。」の記載がある。
(2)日経産業新聞(1978年12月6日付)において、「ヴァレンティノ、水着に進出――日・伊で同時発売へ。」の見出しのもと、「イタリアのデザイナー、ヴァレンティノ・ガラバーニが来春から紳士、婦人水着を手がけることになり、日本でも同時発売されることになった。日本での総代理店であるヴァレンティノ・ブティック・ジャパンが輸入、販売する。」の記載がある。
(3)日本経済新聞 朝刊(1981年10月28日付)において、「レナウン、伊デザイナー・ヴァレンティノのくつ下を来春発売。」の見出しのもと、「伊デザイナーのくつ下 レナウン(略)はイタリアの著名デザイナー、ヴァレンティノ・ガラヴァーニとデザイン提携し、来春から『ヴァレンティノ・ガラヴァーニ』ブランドの紳士ソックスを売り出す。」の記載がある。
(4)日経産業新聞(1982年11月29日付)において、「『世界のベスト5展』開幕――ファッション都市を代表するヴァレンティノら一堂に。」の見出しのもと、「今年登場するのは、ヴァレンティノ・ガラバーニ(ローマ)、やまもと寛斎(東京)、ノーマ・カマリ(ニューヨーク)、森英恵(東京)、ソニア・リキエル(パリ)の五人。二十七日のヴァレンティノを皮切りに、十二月一日まで一日(三回)ずつショーをみせる。」の記載がある。
(5)日本経済新聞 夕刊(1984年2月6日付)において、「市田、宝飾品に本格進出――伊ヴァレンティノ社とライセンス契約。」の見出しのもと、「和装品の大手商社、市田はこのほど、イタリアの有名宝飾会社、ヴァレンティノ・クチュール社(社長ヴァレンティノ・ガラヴァーニ氏)とライセンス契約を結び、宝飾品分野に本格進出することを明らかにした。・・・すべて、ヴァレンティノ・ガラヴァーニ氏のオリジナルデザイン。」の記載がある。
(6)日経産業新聞(1986年7月4日付)において、「吉永プリンス、ヴァレンティノのバッグ・小物販売。」の見出しのもと、「バッグ、喫煙具の製造・販売の吉永プリンス(略)はイタリアのデザイナー、ヴァレンティノ・ガラヴァーニがデザインしたバッグ、皮小物を今秋発売する。」の記載がある。
(7)日本経済新聞 夕刊(1987年6月2日付)において、「イタリア特集――ファッション・自由な発想で世界をリード、変化を素早くキャッチ。」の見出しのもと、「ミラノがここまでの地位を築き上げたのも、この地に数多くの個性的なデザイナーが集まってきたからだ。ジョルジョ・アルマーニ、バレンチノ・ガラバーニに代表されるミラノのデザイナーはイタリア特産の良質の素材を使いこなし、色彩豊かで機能的なファッションを生み出した。」の記載がある。
(8)読売新聞 東京朝刊(1989年3月19日付)において、「[JUST FIT]バレンチノ・ガラヴァーニ リッチな感触に心も満ちたりて」の見出しのもと、「服作りはとどのつまり、そこに行き着くのではないだろうか。イタリアモード界の頂点に立つヴァレンティノ・ガラヴァーニが、ひたすら追求しているものでもある。」の記載がある。
(9)読売新聞 東京朝刊(1990年7月22日付)において、「[JUST FIT]ヴァレンティノ・ガラヴァーニ “イタリアの遺産”再生」の見出しのもと、「『高級であること、美しくあること』にこだわり続けるイタリアのトップ・デザイナー、ヴァレンティノ・ガラヴァーニ。27歳でデビューしてから30年の歳月が流れたが、華麗でざん新なファッションは、衰えるどころか、新作発表の度にみずみずしさを増している。今シーズン、ヴァレンティノの心を捕らえた『美しいもの』はエトルリア美術。ギリシャ文明の流れをくむイタリアの『遺産』を長めのニットに大胆にプリントし、ボトムには軽快なミニのプリーツスカートを組み合わせる。」の記載がある。
(10)毎日新聞 東京夕刊(1991年3月29日付)において、「[ウイーク・エンド・ストリート]VALENTINO GARAVANI」の見出しのもと、「ここの1階正面に世界中でも2番目に大きなヴァレンティノ ブティックがオープンしました。女性物と男性物、すべてインポートの豊富な品ぞろえが自慢です。180坪のぜいたくな店内、3坪の広さの試着室など、ゆったりとショッピングが楽しめます。商品は高級感あふれるものから若々しいカジュアル、パーティードレス、靴やバッグ、アクセサリーも充実しています。このブティックで限定販売の香水『ヴァレンティノ フレグランス』も見逃せません。★ヴァレンティノ ガラヴァーニ ブティック 東京都千代田区紀尾井町4−1 ホテルニューオータニ サンローゼ赤坂ガーデンコート1F」の記載がある。
(11)読売新聞 東京朝刊(1991年4月7日付)において、「[JUST FIT]ヴァレンティノ・ガラヴァーニ 職人芸にますます磨き」の見出しのもと、「『シックな装い』を永遠のテーマに、甘く優しい女性の服を作り続けるベテラン、ヴァレンティノ・ガラヴァーニ。今春デザイナー生活30周年を迎え、精巧で繊細な職人芸にますます磨きがかかってきた。」の記載がある。
(12)読売新聞 大阪朝刊(1992年2月6日付)において、「バレンチノやコシノが参加/大阪コレクション」の見出しのもと、「大阪とミラノの姉妹都市提携十周年を記念して、『OSAKA−ITALY実力派デザイナーたちのNEWエナジー』がテーマ。日本のコシノ・ヒロコさんとイタリアのバレンチノ・ガラバーニ氏、さらにフェンディファミリーから女性デザイナー三人が参加し、九二年秋冬物の最新コレクションを発表する。」の記載がある。
(13)朝日新聞 大阪朝刊(1992年3月3日付)において、「ファッション関係の合同見本市を開催 3日から大阪・南港で【大阪】」の見出しのもと、「・・・このほかコシノヒロコやイタリアのバレンチノ・ガラバーニなどのファッションショーが、ワールド・ファッション・コレクションとして、31日から2日間、大阪市のマイドームおおさかで行われる。」の記載がある。
(14)毎日新聞 大阪朝刊(1992年4月1日付)において、「ワールド・ファッション・コレクション 一流ブランドの秋冬コレクションを紹介」の見出しのもと、「『ワールド・ファッション・コレクション』(トータルファッション協会主催)が31日、大阪市中央区のマイドームおおさかで開かれた=写真。大阪・ミラノ姉妹都市提携10周年を記念して、イタリアのバレンチノ・ガラバーニの『オリバー』、フェンディーの『フェンディシメ』など一流ブランドの秋冬コレクションが紹介された。」の記載がある。
(15)読売新聞 大阪朝刊(1992年4月4日付)において、「手ごろな価格セカンドブランド ミラノ・ファッション・ショーで紹介/大阪」の見出しのもと、「・・・トータルファッション協会が大阪・ミラノ姉妹都市提携十周年を記念して、フェンディの若者向けブランド『フェンディシメ』とバレンチノ・ガラバーニの『オリバー』を紹介した。」の記載がある。
(16)流通サービス新聞(1992年8月4日付)において、「三喜商事、V・ガラヴァーニ・アトリエ’92秋冬コレクションを東京など5都市で開催」の見出しのもと、「三喜商事(略)はこのほど、イタリア人デザイナー、ヴァレンティノ・ガラヴァーニ氏のレディーステキスタイル(服地)『ヴァレンティノ・ガラヴァーニ・アトリエ’92秋冬コレクション』のファッションショーを、東京など全国五都市で開催した。」の記載がある。
(17)流通サービス新聞(1993年2月2日付)において、「三喜商事、93春夏『ヴァレンティノ・ガラヴァーニ・アトリエ』コレクション」の見出しのもと、「輸入商社の三喜商事(略)は全国4都市で、イタリアのデザイナー、ヴァレンティノ・ガラヴァーニ氏のレディーステキスタイル(服地)ブランド『ヴァレンティノ・ガラヴァーニ・アトリエ』の93年春夏シーズンのフロアショーを開催した。」の記載がある。
(18)流通サービス新聞(1993年8月20日付)において、「93〜94秋冬オートクチュールコレクション/想像表現の実験室。新時代への対応模索」の見出しのもと、「・・・ヴァレンチノ・ガラヴァーニは、今年中国に招かれた時の印象をコレクションで再現した。古代中国のモニュメントをモチーフとしたとんがり帽子をはじめ、色やシルエットはすべて中国を思わせるもの。『私にとってのオートクチュールとは、想像性を失い混乱を続ける今日のファッション界に対する一つの答えである』と語るヴァレンチノ。」の記載がある。
(19)産経新聞 東京夕刊(1994年9月10日付)において、「華麗なるヴァレンティノの世界 12日22時〜テレビ東京系『ファッション通信』」の見出しのもと、「世界のトップレディーや女優、社交界のVIPたる美女たちに愛され、そのたぐいまれなるぜいたくさとエレガンスで『世界一幸福な女性たち』を演出し続けているトップ・デザイナー、ヴァレンティノ・ガラヴァーニ。」の記載がある。
(20)流通サービス新聞(1997年10月14日付)において、「ブランド物語/第32話『ヴァレンティノ』−顧客拡大へ価格政策」の見出しのもと、「『ヴァレンティノ』が新たな変革期を迎えている。・・・現在はオンワード樫山をはじめ、国内サブライセンシーは十八社。より身近なヴァレンティノ・アイテムを消費者に提供する。『ヴァレンティノ』の顔であるヴァレンティノ・ガラヴァーニは、イタリア・ロンバルディアのヴォゲラ市生まれ。五九年にオートクチュールデザイナーとしてデビューした。ジャン・デッセやギ・ラロッシュら、フランスのデザイナーの下で足かけ七年間にわたる修業が功を奏したのか、外国人デザイナーの台頭にとりわけ厳しいパリのファッション界でも温かく迎え入れられたという。六〇年代には、白だけの服というスタンスの『ホワイトコレクション』の演出に成功し、一躍世界にその名を広めた。六八年に、自らのイニシアルでもあるVマークを勝利のVとオーバーラップさせて商標に採用するなど、節目節目に新機軸を打ち出すことでネームバリューを高めてきた。」の記載がある。
(21)読売新聞 東京朝刊(1998年2月3日付)において、「98春夏パリコレオートクチュール 『豪華さ』世代で対照的(寄稿)」の見出しのもと、「ヴァレンティノも、新しい社屋でサロン形式のショーを開いた。デザイナーのヴァレンティノ・ガラバーニは、昼の服にはワンピースのひだ奥にさりげなくビーズを施し、夜のドレスには、セミの羽のように薄い布にクモの巣をはりめぐらしたようなビーズのドレスを見せてくれた。かなりの重さだろうが、見た目にはとても軽やかなのは、高度な技術の結晶なのだろう。間近で見るからこそ、すばらしさがよくわかる。」の記載がある。
(22)繊研新聞(1998年5月19日付)において、「ヴァレンティノ98〜99年秋冬コレクション エレガントな切りっぱなし」の見出しのもと、「・・・八〇年代はじめに日本人デザイナーが取り上げて、パリコレクションで話題を呼んだ切りっぱなし服。当時は一部の若者の流行に過ぎなかった。しかし、今シーズンはセリーヌ、ヴァレンティノといった伝統の老舗ブランドまでが切りっぱなし服を発表、おとなたちにも広がる気配だ。」の記載がある。
(23)産経新聞 東京夕刊(1998年9月24日付)において、「【イブニングマガジン】『ヴァレンティノ』 アート好きな少年の前に扉は開かれた」の見出しのもと、「・・・そんな流れの中、クラシックでエレガントな服をつくる数少ない“超一流デザイナー”が、ヴァレンティノ・ガラヴァーニといえます。今回は、良質な素材から彼の“魔法の手”によって作り出される洗練された女性美の世界、『ヴァレンティノ』を紹介します。」の記載がある。
(24)読売新聞 東京夕刊(1999年4月10日付)において、「[旬のファッション]ヴァレンティノ・ガラヴァーニさんの創作空間」の見出しのもと、「今、パリコレでは世紀の変わり目を前に老舗(しにせ)ブランドのデザイナーの新旧交代が目立つようになった。その中で40年間、ファッションの第一線で活躍している。その活力の源が、この仕事場に凝縮されているのかもしれない。・・・写真=オフィスでくつろぐガラヴァーニさん。隅々まで整理整とんが行き届き、華やかさの中に落ち着いた雰囲気を醸し出す」の記載がある。
(25)繊研新聞(1999年5月24日付)において、「【知的財産権】 ヴァレンティノ・ブティック・ジャパン 商品力で差別化」の見出しのもと、「イタリアを代表するデザイナーズブランド『ヴァレンティノ』を展開するヴァレンティノ・ブティック・ジャパン(伊東克彦社長)は『ヴァレンティノ』の名を含んだブランドが多いことから、それらと混同されないように注力している。同ブランドを巡る商標権絡みの問題としては、法律に触れるレベルのものも出ているが、さらにやっかいなのは、日本市場で百以上と推定されるヴァレンティノの名前を含んだブランド品が販売され、混乱状況によっては、ヴァレイティノ自体のイメージダウンにもつながりかねないと想定されること。」の記載がある。
(26)日刊スポーツ(2000年3月3日付)において、「連載 パリコレ短信(5)原点に返った『バレンチノ』」の見出しのもと、「◆バレンチノ 1932年イタリア生まれのバレンチノ・ガラバーニ氏が60年にスタート。故ジャクリーヌ・ケネディさんがオナシス氏との結婚式で着たレースのミニドレスは世界中の雑誌の表紙に取り上げられた。同氏はエリザベス・テーラーと親友で、91年、リズが8回目の挙式で着たウエディングドレスを制作した。『V』のブランドロゴでおなじみ。」の記載がある。
(27)中日新聞 朝刊(2000年8月5日付)において、「ヴァレンティノ 錦3に新店舗 来月1日開店」の見出しのもと、「イタリアの有名ブランド『ヴァレンティノ』の直営店、『ヴァレンティノ ブティック 名古屋』が九月一日、名古屋市中区錦三丁目(桜通大津交差点南一五〇メートル、大津通沿い)のビル一階にオープンする。」の記載がある。
(28)共同通信(2001年2月13日付)において、「『生活=現代ブランド美学』(35) 端正な姿に潜む豪華さ 勝利のV、ヴァレンティノ」の見出しのもと、「エリザベス・テーラー、ソフィア・ローレン、ジェシカ・ラング、ブルック・シールズ、シャロン・ストーンといった多くのセレブリティーにファンを持ち、女性たちを魅了し続けている世界のトップデザイナーの一人がヴァレンティノ・ガラヴァーニだ。」の記載がある。
(29)繊研新聞(2002年2月20日付)において、「高島屋 大阪店に最大級の特選ゾーン開設、新規に20ブランド」の見出しのもと、「高島屋大阪店は三月一日サウスタワーホテル内に、二十のインポートブランド(ブティック)で構成する『サロン・ル・シック・サウスタワー』を開設する。売り場面積は千五百平方メートル、初年度約十四億円の売上高を計画している。・・・パート3では、『シャネル』をはじめ、『セリーヌ』『ダンヒル』『ヴァレンティノ・ガラヴァーニ』など十四ブランド。」の記載がある。
(30)共同通信(2003年10月21日付)において、「『生活=おしゃれの手帖』(31)女性の美を知り尽くす ヴァレンティノの赤」の見出しのもと、「・・・今回ご紹介するのは、ヴァレンティノ・ガラヴァーニ本人が現在もデザイナーを務めるメゾン『ヴァレンティノ』です。・・・赤は必ずコレクションに登場する、ヴァレンティノにとって特別な色。」の記載がある。
(31)読売新聞 東京朝刊(2004年6月15日付)において、「[ブランド街]ヴァレンティノ=VALENTINO」の見出しのもと、「◆創業者、いまも現役デザイナー・・・その歴史は一九五九年、ヴァレンティノ・ガラヴァーニ氏がローマに開いた小さなアトリエハウスから始まった。・・・現在もヴァレンティノ・ガラヴァーニ氏は現役として活躍している。創業者本人が、いまだにデザインを手がけ続けている点でも、貴重なブランドといえる。日本では、七四年に三井物産などが出資してヴァレンティノ ブティック ジャパンが設立され、東京・千代田区に最初の直営店をオープンした。現在、百貨店内の店舗も含め、国内で二十四店を展開する。世界全体で占める日本での売り上げは約二割に上るという。」の記載がある。
(32)共同通信(2005年6月15日付)において、「4大デザイナーが競演 ローマ・ナボナ広場で」の見出しのもと、「ミラノに奪われたイタリア・ファッションの中心地としてのステータスを取り戻そうと、ローマのナボナ広場で、アルマーニらイタリアを代表する四人のデザイナーが『ローマの夜』と題した野外ファッションショーを開いた。・・・アルマーニ、ヴァレンチノ、フェレ、ヴェルサーチの作品を着たモデルたちが照明に浮かび上がると、客席や周囲の観光客から歓声が起きた。」の記載がある。
(33)読売新聞 東京夕刊(2007年4月27日付)において、「プリマヴェーラ・イタリアーナ 日本におけるイタリア2007・春=特集」の見出しのもと、「・・・最新のイタリアファッションを紹介する『プリマヴェーラ・イタリアーナ イン 東京ミッドタウン』(読売新聞社主催)が4月3〜6日、東京・六本木の東京ミッドタウンで開かれた。現在、開催中の『日本におけるイタリア2007・春』の開幕イベント。高級ブランド、ヴァレンティノのオートクチュール(高級注文服)とプレタポルテ(高級既製服)の2007春夏コレクションに加え、イタリアの新進デザイナーが作品を発表。・・・◆女性美追求服/ヴァレンティノ・・・イタリアの高級ブランド、ヴァレンティノのデザイナー、ヴァレンティノ・ガラヴァーニさんは以前、本紙のインタビューに、こう答えた。4月上旬に東京・六本木で行われた同ブランドのファッションショーでは、この言葉通りの華やかな洋服が次々と登場した。」の記載がある。
(34)産経新聞 大阪夕刊(2007年7月20日付)において、「【ぷちアイ】ローマへ回帰 45年目の『ヴァレンティノ』」の見出しのもと、「・・・イタリアのブランド『ヴァレンティノ』はメゾン設立45周年を迎えた。・・・ショーのあとに開かれた記念パーティーの会場は、ボルゲーゼ広場の近くの庭園に設けられた大テント。ミック・ジャガーやモナコのカロリーヌ王女、女優のユマ・サーマンやサラ・ジェシカ・パーカー=写真=(ロイター)など、世界中から集まった約1000人ものセレブたちが、75歳になるイタリア人デザイナー、ヴァレンティノ・ガラヴァーニをたたえた。」の記載がある。
(35)読売新聞 東京夕刊(2007年9月5日付)において、「ヴァレンティノ氏、『パリ・コレで引退』」の見出しのもと、「イタリアの有名ファッションブランド『ヴァレンティノ』の創業者でデザイナーのヴァレンティノ・ガラヴァーニ氏(75)=写真、AP=は4日、声明を発表し、2008年1月のパリ・コレクションを最後に引退することを明らかにした。」の記載がある。
(36)読売新聞 東京夕刊(2008年1月24日付)において、「最後のパリコレ ヴァレンティノ、第一線から引退」の見出しのもと、「イタリアの有名ファッションブランド『ヴァレンティノ』の創業者でデザイナーのヴァレンティノ・ガラヴァーニ氏(75)は23日夜、パリ市内で開かれた2008年春夏パリ・オートクチュール(高級注文服)・コレクションで、自身による最後のショーを行い、ファッションの第一線から引退した。赤のドレスなど70点余の作品を披露した後、舞台に姿を現すと、大勢の観客から惜しみない拍手が送られた。イタリアを代表するデザイナーで、ファッション界の大御所の一人。約45年にわたり、ヨーロッパの王族やハリウッド女優の服を製作してきたことでも知られる。」の記載がある。
(37)繊研新聞(2008年4月15日付)において、「『ヴァレンティノ』新クリエーティブディレクター アレッサンドラ・ファッキネッティさんに聞く 伝統のエレガンスにクリーンさ加えたい」の見出しのもと、「アレッサンドラ・ファッキネッティによる新生『ヴァレンティノ』には、彼女の繊細さやフェミニティーが素直な形で表現された。」の記載がある。
(38)産経新聞 大阪夕刊(2009年4月7日付)において、「【セレブ・ナビ】ヴァレンティノ 皇帝とミューズたち」の見出しのもと、「昨年8月にヴェネチア国際映画祭で初上映された、ヴァレンティノ・ガラヴァーニの45年にわたるキャリアを追ったドキュメンタリー映画『ヴァレンティノ/最後の皇帝』が、アメリカ各都市で公開され、話題となっている。」の記載がある。
(39)朝日新聞 東京朝刊(2009年8月20日付)において、「『危険な匂い、ミックスしたい』 ヴァレンティノ、2人のクリエーティブディレクター」の見出しのもと、「端正な正統派スタイルで知られるイタリアのオートクチュールブランド、ヴァレンティノのクリエーティブディレクターを務めるマリア・グラツィア・キウリとピエール・パオロ・ピッチョーリ。共にイタリア生まれの40代。創始者の薫陶を受けた生え抜きの抜擢(ばってき)は最近では珍しい。2度目となったショーの翌朝、ヴァンドーム広場のパリ支社で聞いた。ヴァレンティノといえば、イタリア的なきりっとしたエレガントさで、それを着さえすれば、上品なお嬢様みたいに見えるというブランド。」の記載がある。
4 インターネット情報(2010年8月ないし11月のインターネット検索)
(1)「VOGUE.COM」(コンデナスト・パブリケーションズ・ジャパン)のウェブサイトにおいて、「FASHION Who’s Who」の表題、「ヴァレンティノ・ガラヴァーニ ファッションデザイナー」の項において、「ヴァレンティノの願いは、女性の体つきや官能美を強調した服をデザインすること。『少年のような格好をした女性と出歩きたい男など、この世にいるはずがない』と、かつて語ったことがある。ヴァレンティノがデビューした1960年は、フェデリコ・フェリーニの『甘い生活』が封切られた年でもある。その映画のスタイルやアニタ・エクバーグに魅せられた女性たちが、ヴァレンティノの店に殺到した。」の記載がある。(http://www.vogue.co.jp/fashion/whoswho/designer/valentino-garavani)
(2)「Fashion Press」(ファッションプレス)のウェブサイトにおいて、「ヴァレンティノ:VALENTINO」の項において、「ブランドの始まり/1959年、ヴァレンティノ・ガラヴァーニがイタリアのローマでデザイン活動を始る。」及び「ヴァレンティノについて/ヴァレンティノ・ガラヴァーニ(Valentino Garavani)は1932年、北イタリアのヴォゲラ生まれ。・・・卒業後ジャン・デッセのクチュール、ギ・ラロッシュのアシスタントとして約10年働く。1959年独立。・・・62年に最初のコレクションを発表、フィレンツェのピッティ宮殿で開かれた『白だけの服』が注目を集め一躍国際的に知られることとなる。67年に『ニーマン・マーカス賞』を受賞。68年のホワイトコレクションで初めて『V』をマークとして採用。・・・98年、Marzotto家にヴァレンティノの経営権を売却。Marzotto家は経営面を強化することでヴァレンティノブランドの業績向上に大きく貢献。・・・現在、ヴァレンティノグループはドイツのヒューゴ・ボスなどを傘下に抱える、巨大ファッショングループに成長した。2007年、投資ファンドのPermira社がバレンティノファッショングループを買収。2007年プロエンザスクーラーの株式を45%取得しグループのブランドに加えた。2007年、ヴァレンティノ・ガラヴァーニがファッションのデザイナーを引退。後任のクリエイティブディレクターにアレッサンドラ・ファキネッティが就任。ファキネッティはクチュール、プレタポルテ、セカンドラインの『RED』などレディース関連すべてを担当するも1年で辞任。後任にはヴァレンティノで長期に渡りアクセサリー・デザイナーとして活躍したマリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)とピエール・パオロ・ピッチョーリ(Pier Paolo Piccioli)が就任した。2008A/Wよりメンズラインのデザイナーにフェッルッチョ・ポッツォーニが就任したが、2シーズンでデザイナーを辞任。レディースウェアを手がけるキウリとピッチョーリがメンズも手がけることが決定。」の記載がある。(http://www.fashion-press.net/brands/172)
(3)「MODE PRESS」(株式会社クリエイティヴ・リンク)のウェブサイトにおいて、「ヴァレンティノ・ガラヴァーニ Valentino Garavani」の項において、「1933年、北イタリア ヴォゲラ生まれ。パリ・オートクチュール組合学校で学ぶ。ジャン・デッセ、ギ・ラロッシュのアシスタントとして約10年働く。1959年、独立しローマにオートクチュールの店を開く。1960年に最初のコレクションを発表。1962年フィレンツェのピッティ宮殿で開かれた『白だけの服』が注目を集め一躍国際的に知られることとなる。1967年に『ニーマン・マーカス賞』を受賞。1968年のホワイトコレクションで初めて『V』をマークとして採用。1984年、サラエボ・オリンピックおよびロサンゼルス・オリンピックでのイタリア選手団のユニフォームデザイナーに選出。1985年、イタリア政府から『グランデ・ウフィッチャーレ』勲章。1986年にイタリア最高の勲章である騎士大十字勲章を授与される。1996年、イタリア共和国誕生50周年に際して、スカルファロ大統領よりカヴァリエーレ・ディ・ラヴォーロ(功労騎士)に叙される。2000年には、CFDA(アメリカ ファッションデザイナーズ協会)より生涯功労賞が贈られる。2003−2004 A/W より、カジュアルライン『レッド・ヴァレンティノ(R.E.D. VALENTINO)』の販売を開始。2008年春夏オートクチュールを最後に引退。」の記載がある。(http://www.afpbb.com/index.php?module=Special&action=FS_TypeD2&keyword=F-MD-VAL)
(4)「ELLE ONLINE」(株式会社アシェット婦人画報社)のウェブサイトにおいて、「2008−09 Fall−Winter Pret−a−Porter Collection」の表題、「VALENTINO ヴァレンティノ」の項において、「シック&フェミニン路線を継承しながら、若々しく生まれ変わった『ヴァレンティノ』/新任デザイナー、アレッサンドラ・ファキネッティ(元グッチ・クリエーティブディレクター)による初のショーは、シンプリシティと若々しさにあふれていた。スタンドカラーのジャケット、ラッフルが揺れるオーガンジーのワンピースなど、どれもが完璧なカットでフェミニン。ベージュやシャンパンピンクなど優しい色が使われ、“ヴァレンティノ・シック”は充分に受け継がれている印象。ヴァレンティノ氏が編み出した、無数の半円オーガンジーを縫い付けたワンピース、ヴァレンティノ・レッドのドレスなども登場し、創業者へのリスペクトも忘れていない。フィナーレでは、今後への期待から大きな拍手が贈られた。」の記載がある。(http://www.elle.co.jp/catwalk/fw2008/female/paris/valentino/(type)/review)
(5)「SUNROSER AKASAKA」(株式会社ファッションプラザ・サンローゼ)のウェブサイトにおいて、「ショップ詳細情報」の表題、「ヴァレンティノ/VALENTINO」の項において、「1959年ローマにアトリエを開設以来、世界を代表するオートクチュールブランドとして知られるヴァレンティノ。2009年秋冬からは新クリエイティブディレクター マリア・グラツィア・キウリと、ピエール・パオロ・ピッチョーリがデザイン。彼らが手掛けるデザインはクチュールテイスト溢れるラインナップで、完璧なカッティングや最高級の素材に気品を感じます。レディスライン、メンズライン、アクセサリーラインのすべてを取り揃えています。」の記載がある。(http://www.sunroser.co.jp/floor/valentino/index.html)
(6)「All About」(株式会社オールアバウト)のウェブサイトにおいて、「ヴァレンティノ09春夏、直営店限定アイテム」の表題、「やっぱり魅力的! 直営店限定のバッグとドレス」の項において、「VALENTINO(ヴァレンティノ)は、2009年春夏コレクションのバッグ『Jardin D’ete(ジャルダン デテ)』とニューサファリドレスを、直営店限定で販売します。」の記載とともにバッグなどの写真が掲載されている。(http://allabout.co.jp/gm/gc/190355/)
(7)「ネクタイ通販」(STORY Co.,LTD)のウェブサイトにおいて、「Valentino GARAVANI ヴァレンティノ・ガラヴァーニ」の項において、「ブランドネクタイの中でも、ラインアップの多様さ・贅沢な材質を惜しみなく使った贅沢さで定評あるヴァレンティノ。生地のボリュームに滑らかな質感と、どれをとっても一級品のネクタイばかり。カジュアルなものから、フォーマルなものまで幅広く取り揃えました。豪華でありながらもさりげないデザインは、貴方のスーツ姿をシャープに、かつ美しく演出いたします。」の記載とともにネクタイの写真が掲載されている。(http://www.e-necktie.jp/necktie/valentino/index.html)
第4 請求人(出願人)は、上記第3の証拠調べ通知に対し、所定の期間を経過するも何らの応答もしていない。
第5 当審の判断
1 商標法第4条第1項第15号について
商標法第4条第1項第15号の判断に際しては、「商標法四条一項一五号にいう『他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標』には、当該商標をその指定商品又は指定役務(以下「指定商品等」という。)に使用したときに、当該商品等が他人の商品又は役務(以下「商品等」という。)に係るものであると誤信されるおそれがある商標のみならず、当該商品等が右他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品等であると誤信されるおそれ(以下『広義の混同を生ずるおそれ』という。)がある商標を含むものと解するのが相当である。けだし、同号の規定は、周知表示又は著名表示へのただ乗り(いわゆるフリーライド)及び当該表示の希釈化(いわゆるダイリューション)を防止し、商標の自他識別機能を保護することによって、商標を使用する者の業務上の信用の維持を図り、需要者の利益を保護することを目的とするものであるところ、その趣旨からすれば、企業経営の多角化、同一の表示による商品化事業を通して結束する企業グループの形成、有名ブランドの成立等、企業や市場の変化に応じて、周知又は著名な商品等の表示を使用する者の正当な利益を保護するためには、広義の混同を生ずるおそれがある商標をも商標登録を受けることができないものとすべきであるからである。そして、『混同を生ずるおそれ』の有無は、当該商標と他人の表示との類似性の程度、他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や、当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質、用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし、当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として、総合的に判断されるべきである。」(最高裁平成10年(行ヒ)第85号 平成12年7月11日判決言渡参照)と判示されている。
そこで、前記を踏まえて本件について以下のとおり検討する。
2 「VALENTINO」の周知著名性
上記第3の証拠調べによれば、ヴァレンティノ・ガラヴァーニ(Valentino Garavani)は、本願商標の登録出願時には既に、我が国のみならず、世界的に著名なデザイナーであったものと認められる。
そして、同氏の略称又はそのデザインに係る婦人・紳士物の衣料品、革製バック、革小物、ネクタイ、アクセサリー、香水などの商品群に使用されるブランドを表すものとして、「VALENTINO」「Valentino」「ヴァレンティノ」「ヴァレンティーノ」「ヴァレンチノ」「バレンチノ」の表示がそれぞれ単独で用いられ、「VALENTINO」の表示は、本願商標の登録出願時において、我が国の取引者、需要者等の間に広く認識され、その状態が現在においても継続しているものと認められる。
3 本願商標と「VALENTINO」の表示との類似性について
本願商標は、別掲のとおり、「B」と「V」の欧文字を組み合わせて図案化した図形部分と、その下部に「BRUNO VALENTINO」の欧文字を書してなる文字部分よりなるところ、図形部分と文字部分とは、視覚上分離した構成よりなるとともに、これらを常に一体不可分のものとしてのみ把握しなければならない特段の事情も見いだし得ない。
また、該文字部分は、両文字間にスペースがあり、外観上、2語からなるものと看取され、かつ、ヴァレンティノ・ガラヴァーニの略称ないしそのデザインに係る商品のブランドを表すものとして、周知、著名な表示である「VALENTINO」の文字を含むものである。
そして、「BRUNO」と「VALENTINO」の文字とが、全体として特定人名や成語として一般に知られているものとはいえないこと、及び「VALENTINO」の表示が、著名なファッションデザイナーであるヴァレンティノ・ガラヴァーニのデザインに係る商品に付されるブランドの表示として我が国の取引者、需要者にとって周知・著名であることなどをも考慮すると、本願商標構成中の「VALENTINO」の文字部分が、「VALENTINO GARAVANI」に係る「VALENTINO」を表したものと把握されることによって、取引者、需要者の注意を特に強く引くものと認められる。
そうとすれば、本願商標と引用商標とは、「VALENTINO」の文字部分を共通にし、本願商標構成中の「VALENTINO」の文字部分に強い注意力が注がれることから、両者は、外観上、互いに相まぎらわしく酷似するといえるものである。
4 商品間における関連性及び需要者について
引用商標は、前記のとおり、「婦人服、紳士服、アクセサリー、バック、香水、インテリア用品」等に使用して、本願商標の登録出願前より、取引者、需要者の間で広く知られていたものであるところ、現在においては、周知、著名な服飾デザイナー等のブランドが多種多様な商品に幅広く使用されており、例えば、タオルなどの布製身の回り品、敷物、食器類などの日用的な商品にも多数使用されている実情にあるといい得るものである。
そして、本願商標の指定商品中の「敷物」等の商品は、日用的な商品であり、このような商品にも周知、著名な服飾デザイナー等のブランドが使用されている実情から、ブランドが使用される商品として、密接な関連性を有しており、両商品の取引者、需要者の相当部分が共通しているといえるものである。
5 商品の出所の混同のおそれについて
上記の事情に照らせば、本願商標をその指定商品について使用した場合、これに接する取引者、需要者は、本願商標構成中の「VALENTINO」の文字部分に強い注意力が注がれ、「VALENTINO GARAVANI」を想起、連想するとともに、同人に係る一連のデザイナーブランドであるかの如く誤認し、あるいは、同人と組織的、経済的に何らかの関係にある者の業務に係る商品であるかの如く、商品の出所について混同を生ずるおそれがあるのものといわなければならない。
6 請求人の主張について
(1)請求人は、本願商標は、上段の各文字は「B」「V」の文字が特徴のあるデザイン文字であって、下段の「BRUNO VALENTINO」の文字は、同じ書体、同じ大きさに位置するように配され、外観上、バランスよくまとまりのある表示であって、これらの文字は「BRUNO」と「VALENTINO」に分離されることなく不可分一体の関係にあるものと認識し把握され、その構成文字に相応して「ブルーノバレンチノ」の称呼のみを生ずるものであるから、これをその指定商品に使用するときは、デザイナーの「VALENTINO」あるいは同デザイナーと何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるとは到底ありえず、またその商品の出所について混同を生じさせるおそれはない旨主張している。
しかしながら、本願商標が我が国において広く知られている等の特段の事情があれば格別、かかる特段の事情は認められないから、本願商標は、前記のとおり、構成中に「VALENTINO」の文字部分を含むことにより、需要者をして、「VALENTINO GARAVANI」に係る「VALENTINO」の表示を表したものと把握されるとみるのが相当であり、商品の出所について混同を生じさせるおそれがあるものである。
(2)請求人は、今日まで、本願商標「BRUNO VALENTINO」が、需要者から、引用商標との関係で混同を生じた等の苦情を生じたことは一度もない旨主張する。
しかしながら、商標法第4条第1項第15号に規定されるところの「混同を生ずるおそれ」の有無の解釈は、実際に混同が生じる場合だけでなく、混同を生じるおそれがあれば足りるとされるものであって、当該商標と他人の表示する商標との類似性の程度、他人の表示する商標の周知著名性及び独創性の程度や、当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質、用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし、当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として、総合的に判断されるべきであると解されるところ、本願商標と引用商標とは、「VALENTINO」の文字部分を共通にし、これに強い注意力が注がれ、外観上、互いに相まぎらわしく酷似しているものである。
そして、前述のとおり、引用商標は、「婦人服、紳士服、アクセサリー、バック、香水」等に使用して、本願商標の登録出願前より、周知著名となっていたこと、現在においては、周知、著名な服飾デザイナー等のブランドが多種多様な商品に幅広く使用されており、本願商標の指定商品中の「敷物」等の商品にも周知、著名な服飾デザイナー等のブランドが使用されていることなど、密接な関連性を有する商品であって、その需要者において共通するものであることなどが認められ、これらの事情を総合考慮すると、本願商標の登録出願時及び登録査定時において、本願商標をその指定商品に使用した場合、これに接する需要者が、周知著名な商標である引用商標を連想、想起して、該商品が申立人又は同人と経済的若しくは組織的に何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかのように、その出所について混同を生ずるおそれがあるものというべきである。
(3)請求人は、本件は、第4038418号、第4038419号、第4106254号、第4249685号に引き続いて出願したものであり、あらたに出願したものではない旨主張する。
しかしながら、本願商標は、請求人の登録例とは、その出願の時期、判断の時期が相違するものであるから、同一視することはできないものである。そして、審理にあたっては、既登録例に何ら拘束されることなく客観的証拠に基づき個別具体的に判断するものであるから、既登録例の存在をもって上記認定が左右されるものではない。
以上のとおり、請求人の主張は、いずれも採用できない。
7 まとめ
したがって、本願商標が商標法第4条第1項第15号に該当するとして本願を拒絶した原査定の理由は妥当であって、取り消すことはできない。
よって、結論のとおり審決する。
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類似審決の追加調査から中間応答、新規出願の費用確認まで、この審決を起点に次のアクションへ進めます。