結論テキスト
審判費用は被請求人の負担とする。
Trademark Appeal Case
本データベースは、特許庁の審決例をAIで解析・要約したものです。拒絶理由通知に対する意見書作成や、審判請求書等の作成時の参考としてお役立てください。
| 審判番号 | 無効2010−890070(T2010−890070/J3) |
|---|---|
| 審判種別 | 無効 |
| 結論 | 勝訴(請求認容) |
本件登録第4933461号商標(以下「本件商標」という。)は、別掲1のとおりの構成よりなり、平成11年11月30日に登録出願、第15類「楽器,演奏補助品,音さ」を指定商品として、同18年2月3日に登録査定、同年3月3日に設定登録されたものである。
請求人は、結論同旨の審決を求めると申し立て、その理由を要旨次のように述べ、証拠方法として、甲第1号証ないし甲第6号証(枝番を含む。)を提出した。(弁駁書において提出された、知財高裁平成19年(ネ)第10094号の判決文(甲第4号証)において引用された証拠については、別掲4の一覧表のとおり、甲第5号証の1ないし51及び甲第6号証の1ないし33と読み替える。なお、前記引用にかかる証拠のうち「乙第94号証」は番号の記載のみで、証拠の提出はない。)
本件商標は、他人の周知著名な商標(「マルMマーク mosrite of California」、(以下「モズライト商標」という。)、別掲3)と同一又は類似であるから、商標法第4条第1項第10号に該当し、同法第46条第1項第1号により、その登録を無効にすべきものである。
請求人は、その出願に係る商願2007−115293、商願2007−115307について、本件商標を引用とする商標法第4条第1項第11号を理由とする拒絶理由通知を受けた(甲第2号証及び第3号証)。
したがって、請求人は、本件審判を請求するにつき、利害関係を有する者である。
本件商標が無効であることは、すでに平成20年8月28日に知財高裁で判決が言い渡されている。
被請求人は、株式会社黒雲製作所等を被告として、本件商標を含む3件の登録商標を根拠に、商標権侵害差止等を東京地裁に提起した(東京地裁平成19年(ワ)第5022号)が、その訴えは認められず、さらに、知財高裁に控訴(平成19年(ネ)第10094号)し、当該控訴審における判決(平成20年8月28日判決言渡:甲第4号証、以下「控訴審判決」という。)において、「控訴人商標3(本件商標)は、商標法4条1項10号に該当し、無効とすべきものである。」と判断され(甲第4号証の41頁)、この控訴審判決は、最高裁において確定した。
したがって、本件商標の登録は無効とされるべきである。
被請求人は、「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする、との審決を求める。」と答弁し、その理由を要旨次のように述べ、証拠方法として、乙第1号証を提出した。
甲第2号証及び甲第3号証については不知であるが、この事実と請求人が本件商標について利害関係を有することとは別論である。けだし、商標登録の出願行為は、商標に対する利害関係の有無にかかわらず、何人も自由になし得るのであり、請求人は単にその中の一人にすぎない。しかし、請求人が正当な利害関係人であることについては争う。
請求人は、本件審判請求の根拠とその原因を、専ら請求人以外の第三者が一方の当事者であった控訴審判決に依存するだけで、請求人自身の独自の主張は皆無である。すなわち、請求人は、本件商標に対して引用すべき周知商標なるものを特定していないし、これについての理由の主張も立証も全くしていない。
請求人は、本件商標が無効であることは、控訴審判決において言い渡されていると主張するが、誤りである。けだし、知財高裁は、登録無効の判決を言い渡しているわけではない。
商標法第39条で準用する特許法第104条の3は、「相手方に対しその権利を行使することができない。」と規定しているだけであるから、請求人の主張は明らかに誤りである。
(1)本件商標の出願日及び設定登録のいずれの時点においても、本件商標権者は、本件商標と類似する商標を付したギターの製作販売を行っていたのに対し、セミー・モズレーは死去(1992年8月7日)し、同人が代表者であった米国アーカンソー州ブーンビル所在のUNIFIED SOUND ASSOCIATION, INC.(以下「ユニファイド社」という。)は倒産し解散(1994年3月。セミー・モズレーの死後ロレッタ・モズレーは名義だけの代表者であったが、1993年8月にはすでにネバダ州に去っていた。)していたから、米国において以後、前記商標を付したギターはもはや製作販売されていなかった。この事実は、1996年10月から使用開始した後、最初は本件商標権者の代表者遊佐典之(以下「遊佐」という。)個人が、1998年2月23日にUSPTO(審決注:米国特許商標庁)に出願していた本件商標に類似する「Mマーク mosrite」(審決注:「Mマーク」の部分は、黒塗りの歯車状円図形内に「M」の文字を白抜きにして表したもの)からなる商標が、審査の結果、当時他人が使用していたことを証明する証拠は存せず、かえって被請求人が使用していたことを証明して2003年12月9日に登録第2791555号として設定登録を受けた事実によっても証明される(乙第1号証)。また、当該商標権は、2007年12月12日には遊佐から被請求人に譲渡され、2009年1月30日には「使用宣誓書」をUSPTOに提出し、2009年2月10日に受理されたことにより、現在有効に存続中である。これによって、使用主義の国である米国において、本件商標の持ち主は被請求人であることが明らかである。
この事実からも理解できるように、本件商標の出願及び登録について、本件商標権者には不正競争の目的などはー切ないのであり、プロ、アマを問わず、我が国のエレキファンに対し高品質のエレキギター(なお、被請求人は、被請求人らが製造販売するエレキギターを「モズライト・ギター」と称しているが、本件審判において、「モズライト・ギター」というときは、控訴審判決に従い、セミー・モズレー及びその関連会社が製造販売していたエレキギターを指す。)を提供することを目的に製作販売を継続しているのである。
(2)遊佐は、1992年8月以降、前記ユニファイド社の工場において、セミー・モズレー亡き後のモズライト・ギターの製作に、実質的な工場長として多くの素人工員たちに技術指導をしていたのであり、本件商標に与えられた評価は、他のギターとは違うその高品質の故であることを十分承知しているのであり、今日に至っている。遊佐は、東京に楽器店舗を持ちながら、製作技術を持っているとともに演奏家でもあるからこそ、我が国では多くのモズライトファンを開拓してきているのであり、年に何回かフィルモア主催の演奏会を開催しているのである。
(3)控訴審判決は、そもそも登録無効の宣言をする特許庁の法的立場とは違い、単に「相手方に対しその権利を行使することができない。」との不作為義務を説示しているだけである。したがって、この両者の法的立場を区別し法規定の内容を理解することなく、控訴審判決を請求人有利に引用していることは、全く誤りである。
(4)付言すれば、遊佐が本件商標を我が国及び米国において出願し登録した最大の理由は、かつてセミー・モズレーが研究開発しエレキギターとして最高品質と評されていた1963〜65年代のベンチャーズモデルの技術を死守することにあった。遊佐は、1996年10月から正式に米国カリフォルニア州ハリウッド市のSugai Musical Instrument,Inc(以下「スガイ社」という。)に依頼し、同社が有していたエレキギターの製作ラインとは別に、被請求人商標(「マルMマーク mosrite of California」、別掲2)を付したエレキギターの製作ラインを設備してもらい、その生産技術工程を全部指導した上で製作を開始し、今日まで継続している。
この間、遊佐は、我が国で、商標「mosrite」をかつて登録していた有限会社黒雲製作所(審決注:平成18年に「株式会社黒雲製作所」に組織変更。これらを以下「黒雲製作所」という。)から商標権侵害差止等請求訴訟を提起(1998年6月1日)されたことに対抗して、同社の登録商標に対し商標法第4条第1項第10号に該当する商標で不正競争の目的をもって商標登録されたものであることを理由に、無効審判を請求(2000年12月8日)し、登録無効の審決(2002年4月22日)を得たのであるが、これは、黒雲製作所に対し、遊佐がセミー・モズレーに代わって請求した無効審判事件であった。そして、その後、遊佐が本件商標を出願し登録したのも、セミー・モズレーの遺志を継ぐためであったのであり、不正競争の目的は全くないのである。
このことは、実父のセミー・モズレーの下でモズライト・ギターの製作のために仕事していたセミーの第1の妻の娘ダーナ・モズレーが、現在、カリフォルニア州ベーカーズフィールドで、部品の製作をして被請求人のエレキギターの製作に協力している事実からも明らかである。これに対し、請求人(ロレッタ・モズレー)は、故セミー・モズレーの第4の妻であったというだけで、セミーが生んだモズライト・ギターの製作技術はおろか、ギター演奏などは全くできない者であるから、セミー・モズレーの遺志など継いでいるはずがないのである。したがって、甲第2号証及び甲第3号証に示す出願は、セミー・モズレーの遺志とは全く無関係のことであり、第三者と同じ立場にある者でしかないのである。
本件審判を請求人が請求するにつき、当事者間に争いがあるので、まずこの点について検討する。
甲第2号証及び甲第3号証並びに職権で調査した事項によれば、請求人の出願した商願2007−115293、商願2007−115307について、いずれも本件商標を引用した拒絶理由通知が平成20年6月24日付けで発送され、これらの出願は、現在審査に係属中であることを認めることができるものであるから、請求人は、本件商標の存在により、不利益を被る立場にあるということができる。
したがって、請求人は、本件審判を請求するにつき、法律上の利益を有する者と認めることができる。
(1)請求人の提出した甲第5号証及び甲第6号証(枝番を含む。)によれば、以下の事実が認められる。
ア モズライト・ギターについて(甲第5号証の6及び40、甲第6号証の20及び21)
(ア)セミー・モズレーは、1952年(昭和27年)、米国カリフォルニア州ベーカーズフィールドにおいて、エレキギター(モズライト・ギター)を製造販売するために、MOSRITE INC.(以下「モズライト社」という。)を設立した(甲第5号証の6)。
モズライト社は、1954年ころ以降、その製造したエレキギターに、モズライト商標を使用した。
モズライト社において1963年(昭和38年)から1965年(昭和40年)までの間製造し、米国の人気ロックバンド「ベンチャーズ」が使用したエレキギターが、「ベンチャーズ・モデル」と呼ばれるものであり、モズライト・ギターのビンテージ品として人気を博しているものである(甲第5号証の33)。
(イ)モズライト社は、1969年(昭和44年)2月に倒産し、1971年(昭和46年)にカリフォルニア州において再建されたものの、1973年(昭和48年)に再度倒産した(甲第5号証の6及び25)。
その後、セミー・モズレーは、オクラホマ州、カリフォルニア州、ノースカロライナ州などにおいて、会社を設立し、モズライト・ギターを製造するなどしていたが(その旨を記載した雑誌記事として甲第5号証の25及び26などがある。)、1992年(平成4年)4月ころ、米国アーカンソー州ブーンビルにおいて、「ユニファイド社」を設立し、モズライト・ギターの製造販売を開始した。
(ウ)セミー・モズレーは、1992年(平成4年)8月7日に死亡し、同人の妻であるロレッタ・バリア・モズレーが、ユニファイド社の代表者に就任した。しかし、ユニファイド社は、その後経営不振に陥り、平成6年(1994年)4月に倒産した(甲第5号証の6)。
イ セミー・モズレーらが有していたモズライト関連商標
(ア)ベンチャーズの関連会社であるベンチャーズ・モズライト社が、昭和40年、日本において、「MOSRITE」商標(以下「ベンチャーズ・モズライト商標」という。)の登録を出願し、昭和42年3月20日、その登録を得た。このベンチャーズ・モズライト社の設立及びベンチャーズ・モズライト商標の出願は、セミー・モズレー及びモズライト社とは無関係にされたものであった。ベンチャーズ・モズライト商標は、昭和52年3月20日に存続期間満了により消滅し、昭和54年9月10日に登録が抹消された(甲第5号証の6)。
(イ)スガイ社は、米国カリフォルニア州において、(A)カリフォルニア州及び他所における最初の使用日を1983年(昭和58年)11月1日、登録日を同月16日とする「マルMマーク mosrite」とその下側に「of California」を付した商標(指定商品:ギター,音楽器具及び音響装置)、(B)カリフォルニア州及び他所における最初の使用日を1978年(昭和53年)、登録日を1998年(平成10年)5月22日とする「mosrite」との商標(指定商品:エレキ及びアコースティックギター)を登録している(甲第5号証の28及び29)。
スガイ社は、セミー・モズレーや同人に関係するモズライト社、ユニファイド社等とは全く関係がない会社である。
ウ 日本における遊佐及び被請求人以外の者によるモズライト・ギターの販売など
(ア)日本においては、ベンチャーズが、昭和40年(1965年)の来日公演の際に使用していたモズライト・ギターのビンテージ品の音(ベンチャーズ・サウンド)が、日本のファンに衝撃を与え、ベンチャーズの人気に伴い、ベンチャーズ・サウンドを作ったモズライト社のモズライト・ギターへのあこがれも高まった(甲第5号証の24及び36、甲第6号証の1、4、5、13及び15)。そのため、いまだに雑誌においてモズライト・ギターが紹介される場合、ベンチャーズの名が引き合いに出されることが多い(甲第6号証の1、4、7、15、18、25及び26)。
遊佐も、被請求人が関与して発行されているモズライトファンクラブの会報(2001年(平成13年)5月20日号)において、「今日まで続くザ・ベンチャーズの人気の一因はモズライトですし、エレキブームをリアルタイムで経験したファンにとってはザ・ベンチャーズ=モズライト、モズライト=ザ・ベンチャーズなのです。1960年代のセミー・モズレー時代から、ザ・ベンチャーズとモズライトの間には色々な問題があるかとは思いますが、長い間に渡りモズライトを夢見て、そしてモズライト・ザ・ベンチャーズサウンドを愛し続けてきた、日本全国の多くのファンの気持ちを是非理解して頂きたいと思います。」と記載している(甲第5号証の38)。
そして、日本の人気ミュージシャンである加山雄三、寺内タケシ、ブルー・コメッツらも、昭和40年ころから、セミー・モズレーの製造に係るモズライト・ギターを演奏に使用するようになった。
(イ)日本においては、昭和40年ころから、モズライト・ギターが輸入販売されるようになった。
ファーストマン楽器製造株式会社(以下「ファーストマン社」という。)は、昭和43年5月、モズライト社から製造許諾を受けて、日本国内でのモズライト・ギター(アベンジャーモデル)の製造販売を開始した。ファーストマン社製のモズライト・ギターには、「マルMマーク mosrite」の標章が付されていた(甲第5号証の23及び39、甲第6号証の8、16、19及び28)。
(ウ)黒雲製作所は、ファーストマン社の下請として、ファーストマン社が製造販売していたモズライト・ギターの木部の製造を担当していたが、昭和44年7月、ファーストマン社が倒産した(甲第5号証の23及び甲第6号証の33)。
黒雲製作所は、在庫の販売を続け、その後独自に、モズライト・ギターの製造販売を開始し、その製造に係るエレキギターに「マルMマーク mosrite」との標章を付し、また、その後、その製造に係るエレキギターに「マルMマーク mosrite of California」との標章を付すようになった(甲第5号証の2ないし4、甲第6号証の33)。
(エ)高谷が経営する高谷企画(現在の株式会社高谷プランニング)は、平成元年ころからセミー・モズレーが経営する会社からモズライト・ギターを輸入販売するようになった(甲第6号証の22)。
平成3年5月には、高谷企画の製作企画によって、1960年(昭和35年)から1968年(昭和43年)3月までベンチャーズのメンバーとしてベンチャーズの大ヒットにかかわったノーキー・エドワーズとセミー・モズレーのジョイントライブが東京で開催され、往年のベンチャーズファン、モズライト・ギターファンに歓迎された。来日に当たって、セミー・モズレーは、「高谷が毎日TELとFAXでうるさく指示するので、ニューレプリカも何か所か改良し、完全な復刻版を出すので、ノーキーモデルをはじめベンチャーズモデル63、65年もよろしく!」と述べ、この当時、セミー・モズレーは、高谷から助言を受けながら、高谷企画を通しての日本向けのモズライト・ギターの復刻版の輸出販売を計画していた(甲第6号証の17及び22)。
高谷企画は、セミー・モズレーの死後も、ユニファイド社に対して加山雄三モデルのモズライト・ギター製造の企画を持ち込み、ユニファイド社で製作された同モデルを輸入販売するなどし、また、平成6年のユニファイド社倒産後も平成14年まで、ロレッタ・バリア・モズレーが関係する製造元からモズライト・ギターを輸入販売した(甲第6号証の22及び23、甲第6号証の30の1ないし4)。
(オ)阪神地方において店舗展開する楽器販売店ワルツ堂は、セミー・モズレーの死後、ユニファイド社製のモズライト・ギターを、日本における販売代理店であるロッコーマン社を通じて輸入販売しており、ユニファイド社の倒産後、平成10年ころまで、ロレッタ・バリア・モズレーが製造していたモズライト・ギターも輸入販売していた(甲第6号証の29)。
エ 遊佐によるモズライト・ギターの販売開始など
(ア)遊佐は、高校生のころからエレキギターに興味を抱くようになり、その演奏を行っていたが、昭和40年のベンチャーズの来日公演の際、ベンチャーズが使用していたモズライト・ギターの音に衝撃を受け、モズライト・ギターへのあこがれを抱くようになった(甲第5号証の21)。
遊佐は、1976年(昭和51年)5月、東京都三鷹市内に被請求人の前身である個人商店の「フィルモア楽器店」を開店し、楽器のレンタルから始めて、中古楽器の販売を経るなどした上、米国から輸入されたモズライト・ギターを国内の他の店舗から購入するなどした上での販売を行うようになった(甲第5号証の21)。
遊佐は、楽器店経営の傍ら、愛好家としてモズライト・ギターの収集も行い、他のモズライト・ギターの愛好家とモズライト・ギターを持ち寄って演奏を楽しみ、1980年(昭和55年)には店舗移転を期に、店舗内に、それまでに収集したモズライト・ギターのコレクションを展示するスペースを設け、次第に、全国のモズライト・ギターの愛好家から、モズライト・ギターの収集家として知られるようになった。
(イ)遊佐は、昭和56年ころから、モズライト・ギターを買い付けるために渡米するようになり、テキサス州で開催されたビンテージギターショーで、セミー・モズレーと初めて会った。
セミー・モズレーは、1983年(昭和58年)に来日したが、既に、愛好者の中ではモズライト・ギターの収集家として有名であった遊佐が経営するフィルモア楽器店に来店した。また、セミー・モズレーは、1985年(昭和60年)4月にも、妻のロレッタ・バリア・モズレーとともにフィルモア楽器店を再訪した(甲第5号証の6)。
(ウ)遊佐は、1992年(平成4年)5月、渡米してアーカンソー州のセミー・モズレーの経営するユニファイド社を訪ね、ユニファイド社との間で、遊佐の希望する仕様を取り入れたモズライト・ギター40周年記念モデルの製造を依頼する契約を締結し、同ギターが約40本製作されることになった。これに基づき、ユニファイド社において同40周年記念モデルが製造され、同モデルには「マルMマーク mosrite of California」との標章が付された。遊佐は、このモデルのほかにも、ユニファイド社が製造したモズライト・ギターを日本に輸入し、販売した(甲第5号証の27、31、32、41及び47ないし49)。
セミー・モズレーが同年8月7日に死亡した後も、ユニファイド社によってモズライト・ギター40周年記念モデル等のモズライト・ギターの製造が続けられたが、ユニファイド社は1994年(平成6年)に倒産し、ユニファイド社から遊佐へのモズライト・ギター40周年記念モデルの製造引渡しも中断したままで終了した。
(エ)遊佐は、セミー・モズレーやその設立した会社からモズライト商標についてその譲渡や使用許諾を受けたことはなかったが、モズライト・ギターのビンテージ品を再現したエレキギターの製造販売を続けたいと考えると共に、モズライト・ギターについて深い知識を有すると自負する遊佐自身でその製造販売を続けるのが最も適任であると考えたことから、平成8年(1996年)、前記のとおりセミー・モズレーやその設立した会社とは全く関係なく当時米国カリフォルニア州において「mosrite of California」商標を登録していたスガイ社に依頼し、エレキギターを製造させることとした。遊佐は同年11月以降、その後に遊佐の営業を引き継いだ被請求人は平成12年の被請求人設立時以降、スガイ社の製造に係るエレキギターを日本に輸入して販売している。スガイ社製のエレキギター(被請求人商品)には、被請求人商標(「マルMマーク mosrite of California」)が付されている(甲第5号証の1及び甲第5号証の28ないし30)。
また、被請求人は、平成12年ころ以降、静岡県浜松市所在の東海楽器製造株式会社に、セミー・モズレーやその関係会社製造のモズライト・ギターに類似のギターを製造させ、これに「Mマーク mosrite of Classics」の標章を付して販売するようになった(甲第5号証の1及び36)。
オ 被請求人による商標登録出願等
(ア)遊佐は、平成10年4月28日、日本において、被請求人商標を商標登録出願し、平成15年10月10日に、被請求人がその登録を得た。
(イ)遊佐は、平成11年11月30日、日本において、本件商標を商標登録出願し、平成18年3月3日に、被請求人がその登録を得た。
カ フィルモア楽器店や被請求人商品の日本における取引状況など
(ア)フィルモア楽器店や被請求人商品の雑誌への紹介
a 「モズライト・ファンが集まるモズライト専門のギター・ショップ」(1998年(平成10年)5月10日発行の雑誌〔甲第5号証の7〕、1999年(平成11年)5月10日発行の雑誌〔甲第5号証の8〕)、「モズライトUSAヴェンチャーズ・モデルがお薦め!」(甲第5号証の7)、「モズライトU.S.Aベンチャーズ63年リイシュー・モデル(サンバースト)がお奨め!」(甲第5号証の8)、「“モズライト”はエレキ・ファンにとって特別の存在である。・・・ベンチャーズが愛用し、・・・加山雄三や・・・寺内タケシも愛用してきた“ギターのロールスロイス”なのである。・・・ここではヴィンテージ・モズライトのリイシュー・モデルを紹介しよう。現在、モズライトでは、“モズライト・オブ・カリフォルニア”として、USAモズライト・リイシューを発売しており、・・・それぞれのモデルは、オリジナルの年代のスペックに準じて忠実に作られており、まさにヴィンテージ・モズライトが現代に甦ったといえる趣きである。・・・オリジナルのイメージに忠実な仕上がりとなっていて、多くのファンを喜ばせている。」(2005年(平成17年)3月14日発行の雑誌〔甲第5号証の20〕)などと紹介されている。
b 2002年(平成14年)10月9日発行の雑誌「エレキ・ギター・ブック」には、被請求人のカスタムショップで製作された被請求人商品が紹介されるとともに、モズライト・ギターのビンテージ品(1964年タイプ)の紹介記事も掲載されている(甲第5号証の12)。
c 「モズライトのあの伝説の“ファズライト”が限定生産される!」、「モズライトの“ファズライト”がモズライト創立50周年を記念して限定生産された。」(2003年(平成15年)2月9日発行の雑誌〔甲第5号証の13〕)。
d 「ブルー・コメッツ スペシャルモデル ギター&ベース」、「36年の深い眠りから覚めて再びファンのもとへ・・・」(2003年(平成15年)6月9日発行の雑誌〔甲第5号証の14〕)。
なお、この被請求人商品「ブルー・コメッツ スペシャルモデル」については、2003年(平成15年)11月9日発行の雑誌にも、「・・・“ファーストマン”より・・・甦った」などと記載した記事が掲載されている(甲第5号証の15)。
e 「1965年1月、モズライト・ギターはベンチャーズによって日本に初お目見えし、それが伝説の始まりとなった。モズライトでは“モズライト日本初上陸40周年”を記念して、2005年に向けて記念モデルを続々と発売する。」(2004年(平成16年)12月15日発行の雑誌〔甲第5号証の19〕)
f 「時は1965年1月、モズライトが日本上陸 今まさにあの時の衝撃が甦る!!」(2006年(平成18年)発行の書籍〔甲第6号証の24〕)
(イ)雑誌等におけるフィルモア楽器店や被請求人の広告には次のような記載がされている。
a 「USA モズライト専門ギターショップ フィルモア楽器」(1999年(平成11年)5月10日発行の雑誌〔甲第5号証の8〕、同年10月10日発行の雑誌〔甲第5号証の9〕)
b 「FILLMORE CO.LTD USAモズライト総輸入元/国産モズライト総発売元」(平成12年6月5日発行の雑誌〔甲第5号証の34〕、同月9日発行の雑誌〔甲第5号証の10〕、同年12月11日発行の雑誌〔甲第5号証の11〕、2002年(平成14)年10月9日発行の雑誌〔甲第5号証の12〕、2003年(平成15年)2月9日発行の雑誌〔甲第5号証の13〕、同年6月9日発行の雑誌〔甲第5号証の14〕、同年11月9日発行の雑誌〔甲第5号証の15〕、2004年(平成16年)3月10日発行の雑誌〔甲第5号証の16〕)
c 「真のモズライトは唯一フィルモアから 本物のモズライトをお求めの皆様へ フィルモアからの大切なお知らせです モズライト・ギターは1960年代栄光の時を駆け抜け、その後様々な事情により紆余曲折、混乱の時代を経て現在に至りました。株式会社フィルモアは、当時多くのエレキ少年たちが憧れたモズライトギターを最高の品質と共に継承し、皆様にご提供していきたいという一途な思いから、これまで最大の努力をし続けてまいりました。そしてこの度、モズライトギターに関してアメリカ本国および日本において正式に商標権の登録を完了し、長らく続いた市場の混乱に終止符を打つことができました(米国登録第2791555、日本国登録第4715753)。すなわち、モズライトギターの製造・発売に関して唯一正当な商標権者となったのです。当社が正しくご提供するモズライトギターは極上の品質を備えています。確かなチューニング、安定したアーミング、艶のあるパワフルなダイナミック・サウンドといった魅力ある性能を保証致します。USAリイシューを筆頭に、国産クラシックスシリーズのVMマーク1・・・etc.・・・ どれも手にとって納得し、安心してお求めになれる製品ばかりです。モズライトギターをお求めの際は、必ずフィルモア製であることをお確かめ下さい。類似品には十分ご注意下さい。・・・USAモズライト総輸入元・国産モズライト総発売元 FILLMORE CO.LTD」(2004年(平成16年)6月9日発行の雑誌〔甲第5号証の17〕)
d 「USAモズライト総輸入元・国産モズライト総発売元 FILLMORE CO.LTD」(2006年(平成18年)3月5日発行の雑誌〔甲第5号証の21〕,2006年(平成18年)10月発行の書籍〔甲第6号証の24〕)
e 「時は1965年1月、モズライトが日本上陸 今まさにあの時の衝撃が甦る!! “超”レアな男たちのための...THE MOSRITE SUPER REAL GRADE」(2006年(平成18年)10月発行の書籍〔甲第6号証の24〕、平成19年4月発行の被請求人カタログ〔甲第5号証の51〕)
f 「来る2007年、モズライトは誕生55周年を迎えます(1952年創立)。これを記念して、今秋よりフィルモア・モズライトは、これまでリクエストの多かったモデルを始め、ニュー・モデルを続々とリリースしていきます。・・・」(平成19年4月発行の被請求人カタログ〔甲第5号証の51〕)
(ウ)被請求人のホームページには、次の記載がされている。
「来る2007年、モズライトは創立55周年を迎えます(1952年創立)。この記念すべき年を迎えるにあたり、フィルモア・モズライトはこれまでリクエストの多かったモデルを始めとして、魅力的なニューモデル・限定モデルを続々と発表します。“こだわりオヤジの大好きモズライトシリーズ”記念すべき第1弾は・・・」(2006年(平成18年)10月13日掲載の被請求人ホームページ〔甲第6号証の27〕)
(エ)ベンチャーズは、近年も毎年のように来日公演をしており、被請求人商品の紹介記事や広告が掲載されている雑誌の中には、ベンチャーズの特集記事やベンチャーズの日本ツアーレポート、寺内タケシのインタビュー記事などが掲載されているものがある(甲第5号証の14、16、17、19、21及び22)。
また、被請求人商品を購入した者にも、ベンチャーズのファンとなったことからエレキギターに夢中になり、「ベンチャーズの音」を求めて被請求人商品を購入しているものが多い(甲第5号証の8、9、13、20及び甲第5号証の42ないし46)。中には、モズライト・ギターのビンテージ品を所有するとともに、被請求人商品をも購入している者もおり(甲第5号証の13)、さらに、ファーストマン社のアベンジャーモデルに始まり、モズライト・ギターのビンテージ品を収集している者もいる(甲第5号証の18)。
キ モズライト・ギターのビンテージ品の日本における取引状況など
(ア)セミー・モズレーないしその関連会社の製造に係るモズライト・ギター(ビンテージ品を含む。)については、近年でも特集雑誌が発行されたり、エレキギター関係の雑誌で特集記事の連載がされたりしている(甲第6号証の6ないし15、18及び26)。
(イ)また、モズライト・ギターのビンテージ品は、日本において、現在においても高額で取引されている(甲第5号証の50、甲第6号証の2及び3、甲第6号証の31の1ないし5、甲第6号証の32の1ないし5)。
(2)以上に認定した事実によれば、以下の事実が認められる。
ア 本件商標は、その要部と認められる「mosrite」が、モズライト商標の要部と認められる「mosrite」と同一である。したがって、本件商標は、モズライト商標と類似する商標であると認められる。
イ モズライト社がその製造するエレキギター等の楽器に使用していたモズライト商標は、本件商標の出願前である昭和40年ころには、来日公演を行った人気ロックバンド「ベンチャーズ」が使用していたことを契機として、我が国においてエレキギターを取り扱う取引者、需要者である音楽愛好家、殊にエレキギター愛好家の間において周知著名なものとなっていた。そして、その後も、日本において、人気ミュージシャンである加山雄三や寺内タケシらが、最近に至るまで、度々モズライト・ギターを使用して演奏していた。
また、エレキギター関係の雑誌等において、セミー・モズレー及びその関連会社の製造に係るモズライト・ギターやベンチャーズが使用していたモズライト・ギターのビンテージ品が紹介されている。
ベンチャーズが現在も毎年のように来日公演を行っており、その関連記事にモズライト・ギターも紹介されている。
モズライト・ギターのビンテージ品等が現在も日本における中古市場で流通している。
ウ 遊佐ないし被請求人は、セミー・モズレーないしその設立した会社から、モズライト商標について、その譲渡や使用許諾を受けたものではない。
遊佐は、モズライト・ギターの愛好家であるとともに、その輸入販売をしており、そのような縁でセミー・モズレーとも交流があり、さらに、平成4年5月には、遊佐とユニファイド社との間で、遊佐の依頼によってユニファイド社が遊佐の希望する使用のモズライト・ギター40周年記念モデルを製造する旨の契約が締結され、その取引関係は、セミー・モズレーの死後も、ユニファイド社が倒産する平成6年まで続いたが、他方、高谷企画やロッコーマン社も、セミー・モズレーが経営する会社(ユニファイド社等)やユニファイド社倒産後のロレッタ・バリア・モズレーが関係する製造元からモズライト・ギターを輸入販売していたものであって、遊佐のみがセミー・モズレーや同人が経営する会社(ユニファイド社等)と特別な関係にあったものではないこと、また、高谷企画の高谷も、セミー・モズレー等に対し、製造を依頼したギターのモデルにつき、その希望する仕様を指示して改良を依頼するなどしていたものであって、遊佐のみが、セミー・モズレー等に技術的な助言をしていたものではなく、まして、遊佐が、他の関係者と比べ、セミー・モズレーとの間で格別に親交が深かったと認めるに足りる客観的な証拠はなく、法的にはもちろん、実質的にも、遊佐がセミー・モズレーやその設立した会社からモズライト商標を承継する関係にあったものではない。
(3)そうであれば、モズライト商標は、本件商標の登録出願時、登録査定時及び現在に至るまでも、なお、「他人」であるセミー・モズレー及びその関連会社が製造販売していたモズライト・ギターに関する商標として、その取引者及び需要者間において、周知著名であるということができ、本件商標は、その登録出願時及び登録査定時において、セミー・モズレー又は同人が設立した会社が製造するエレキギターを表示するものとして周知であったモズライト商標と類似するものであり、また、本件商標の指定商品はモズライト商標が付されたエレキギターと同一又は類似するものである。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第10号に該当する。
被請求人は、「請求人は、本件審判請求の根拠とその原因を、専ら請求人以外の第三者が一方の当事者であった控訴審判決に依存するだけで、本件商標に対して引用すべき周知商標なるものを特定していないし、これについての理由の主張も立証も全くしていない。また、請求人は、本件商標が無効であることは、控訴審判決において言い渡されていると主張するが、誤りである。けだし、知財高裁は、登録無効の判決を言い渡しているわけではない。商標法第39条で準用する特許法第104条の3は、『相手方に対しその権利を行使することができない。』と規定しているだけであるから、請求人の主張は明らかに誤りである」旨主張する。
しかしながら、請求人の主張は、被請求人も当事者である、控訴審判決における「モズライト商標」を根拠にして、本件商標が商標法第4条第1項第10号に該当すると主張していることは明らかであり、そして、請求人の提出した証拠によれば、前述の通り、本件商標は、「他人の業務に係る商品を表示するものとして著名な商標(モズライト商標)又はこれに類似する商標であって、その商品又はこれらに類似する商品について使用するもの」と認められるものであるから、商標法第4条第1項第10号に該当すると言うべきであり、被請求人の主張は採用できない。
以上のとおり、本件商標の登録は、商標法第4条第1項第10号に違反してされたものであるから、同法第46条第1項の規定により無効とする。
よって、結論のとおり審決する。
Next Action
類似審決の追加調査から中間応答、新規出願の費用確認まで、この審決を起点に次のアクションへ進めます。
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