Trademark Appeal Case
著名人名の商標と公序良俗
本データベースは、特許庁の審決例をAIで解析・要約したものです。拒絶理由通知に対する意見書作成や、審判請求書等の作成時の参考としてお役立てください。
基本情報
| 審判番号 | 不服2010−15659(T2010−15659/J1) |
|---|---|
| 審判種別 | 不服 |
| 結論 | 敗訴(請求棄却) |
理由テキスト
第1 本願商標
本願商標は、別掲1のとおり、「葛飾北斎」の漢字を筆文字風に縦書きし、その左下に朱色の印と思しき図形を配し、さらに、その下に「KATSUSHIKA HOKUSAI」の欧文字を横書きした構成よりなり、第24類に属する願書記載のとおりの商品を指定商品として、平成19年7月10日に登録出願、その後、指定商品については、原審における同年12月29日受付け及び同20年3月10日受付けの手続補正書により、第24類「布製身の回り品,かや,敷布,布団,布団カバー,布団側,まくらカバー,毛布,のぼり及び旗(紙製のものを除く。)」と補正されたものである。
第2 原査定の拒絶の理由
原査定は、「本願商標は、『葛飾北斎』の漢字を縦書きし、その下部に前記文字の英語式氏名を表したものと認められる『KATSUSHIKA HOKUSAI』の欧文字を横書きして、かつ、朱色の印が押された構成よりなるところ、『葛飾北斎』は、江戸後期の浮世絵師(代表作「富嶽三十六景」)として、我が国はもとよりヨーロッパの人々にも広く知れている歴史上著名な人物名である。ところで、葛飾北斎に縁のある『信州・小布施』、『島根県津和野町』等、多くの地方自治体では、『北斎館』、『葛飾北斎美術館』を設立又は『葛飾北斎展』を開催し、『葛飾北斎』の名称を案内書、旗、絵はがき等に使用して同人の偉業を広く伝えているところである。そうとすれば、上記の如く多くの自治体等が案内書、旗、絵はがき等に使用している『葛飾北斎』の名称を、一私人である出願人が自己の商標として独占使用することは、公の秩序及び一般的道徳観念に反し、穏当ではない。したがって、この商標登録出願に係る商標は、商標法第4条第1項第7号に該当する。」旨認定、判断し、本願を拒絶したものである。
第3 当審における証拠調べ通知
平成23年7月7日付けで、本願商標が商標法第4条第1項第7号に該当するものとして請求人に通知した証拠調べ通知の内容は、別掲2及び3のとおりである。
第4 当審の判断
1 商標法第4条第1項第7号について
商標法第4条第1項第7号にいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」には、(ア)その構成自体が非道徳的、卑わい、差別的、矯激若しくは他人に不快な印象を与えるような文字又は図形である場合、(イ)当該商標の構成自体がそのようなものでなくとも、指定商品又は指定役務について使用することが社会公共の利益に反し、社会の一般的道徳観念に反する場合、(ウ)他の法律によって、当該商標の使用等が禁止されている場合、(エ)特定の国若しくはその国民を侮辱し、又は一般に国際信義に反する場合、(オ)当該商標の登録出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合、などが含まれるというべきである(知的財産高等裁判所 平成17年(行ケ)第10349号 平成18年9月20日判決言渡)。
ところで、周知、著名な歴史上の人物名は、その人物の名声により強い顧客吸引力を有する。その人物の郷土やゆかりの地においては、住民に郷土の偉人として敬愛の情をもって親しまれ、例えば、地方公共団体や商工会議所等の公益的な機関が、その業績を称え記念館を運営していたり、地元のシンボルとして地域興しや観光振興のために人物名を商標として使用したりするような実情も多くみられるところであり、当該人物が商品又は役務と密接な関係にある場合はもちろん、商品又は役務との関係が希薄な場合であっても、当該地域においては強い顧客吸引力を発揮すると考えられる。このため、周知、著名な歴史上の人物名を商標として使用したいとする者も、少なくないものと考えられる。一方、敬愛の情をもって親しまれているからこそ、その商標登録に対しては、国民又は地域住民全体の反発も否定できない。
(参考 商標審査便覧42.107.04「歴史上の人物名(周知・著名な故人の人物名)からなる商標登録出願の取扱いについて」http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/shiryou/kijun/kijun2/syouhyoubin.htm)
そうとすれば、周知、著名な歴史上の人物名からなる商標は、これを特定の者の商標として、その登録を認めることは当該人物名を使用した公益的な事業を阻害するおそれがあるとみるのが相当であるから、当該商標は、社会公共の利益に反し、社会の一般的道徳観念に反するものといわなければならない。
2 当審における証拠調べ通知で認定した事実から、次のことを認めることができる。
「葛飾北斎」は、歴史上の人物として、辞典、辞書、テレビや映画などにおいて数多く取り上げられていること、また、芸術の分野において世界的に多大な影響を及ぼしたことなどから、全国的に周知、著名な歴史上の人物といえる。
そして、その郷土やゆかりの地においては、「葛飾北斎」は、その作品等を通して、人々の尊敬を集め、郷土の偉人として敬愛の念をもって親しまれている実情にある。
また、東京都墨田区に限らず、「葛飾北斎」のゆかりの地にある史跡や作品等が、観光の名所などとなっており、それらが地方自治体の観光振興及び地域興しのための施策の基盤となっており、また、公共団体や文化団体などがこれらを保存、公開し、同人に関連して観光振興や地域興しに役立てようとする取組がなされていることが認められる。
さらに、一般に歴史上の人物の出身地やゆかりの地においては、その地の特産品や土産物に、その者の名称等を表示して、観光客などを対象に販売されている事情にあるが、「葛飾北斎」についても、お土産用の「絵はがき」「手拭い」「Tシャツ」「ボールペン」「巾着」などに「葛飾北斎」の名称等が用いられている事実がある。
そして、本願商標の指定商品は、観光地の特産品や土産物となり得る「タオル,手拭い,ハンカチ,ふろしき」などの商品を含むものである。
以上によれば、「葛飾北斎」は、我が国において周知、著名な歴史上の人物と認められるものであり、広く国民に敬愛され、各地に存在するゆかりの地においては、「葛飾北斎」及び「北斎」の名称が、観光振興や地域興しに活用され、土産物なども製造、販売されているものであるから、本願商標の指定商品を取り扱う者によって使用され、あるいは今後使用される可能性が極めて高いものといわなければならない。
そうとすれば、周知、著名な歴史上の人物名である「葛飾北斎」の文字からなる本願商標を、特定の者の商標として登録を認めることは、当該人物名を使用した日本各地で行われる観光振興や地域興しなど公益的な事業を阻害するだけでなく、商標権を巡る争いなど無用の混乱を招くおそれがあり、公正な競業秩序を害するおそれがあるから、当該商標は、社会公共の利益に反し、社会の一般的道徳観念に反するものというのが相当である。
3 請求人の主張について
(1)請求人は、請求の理由において、歴史上の人物名に関する過去の登録例及び審決例を挙げて、本願商標が商標法第4条第1項第7号に該当しない旨主張する。
しかしながら、歴史上の人物名については、平成21年10月21日に、商標審査便覧に「42.107.04 歴史上の人物名(周知・著名な故人の人物名)からなる商標登録出願の取扱いについて」を追加する改訂が行われたものであって、本願商標が、同号の規定に該当するか否かは、当該商標の査定時又は審決時において、個別具体的に判断されるべきものであるから、同号の取扱いが改められる以前の登録例及び審決例が存在することによって、前記認定が左右されるものではない。
(2)請求人は、請求の理由において、「本件商標が公正な競業秩序を害し、社会公共の利益に反するかものであるか否かについて」として、以下のとおり主張する。
ア 「本願商標は、『葛飾北斎』の漢字を特定の書体で縦書きし、その下部に『KATSUSHIKA HOKUSAI』の欧文字を表すとともに、朱色の印が押された構成よりなるところ、これら縦書き文字と欧文字と印の三者で構成されるものであって、単純に『葛飾北斎』の名前を独占しようというような類のものでは全く無く、登録となった場合に本願商標の権利効力が及ぶのは、縦書き文字と欧文字と印の三者で構成された標章が、第三者に使用されたときにはじめて侵害云々の問題が生じる。したがって、単に『葛飾北斎』のロゴが付された暖簾、或いは手ぬぐい等が販売されても、本願商標の権利効力が及ばないこと言うまでも無いから、本願商標を登録しても、各種イベントや美術館等に与える影響は皆無であり、公正な競業秩序を害するおそれは無く、また、社会公共の利益に反するおそれも全く無い。」
しかしながら、本願商標は、別掲1のとおり、「葛飾北斎」の漢字、「朱色の印」、「KATSUSHIKA HOKUSAI」の欧文字よりなるところ、その構成文字は歴史上の人物「葛飾北斎」を理解させるものである。一方、朱印部分は、「葛飾北斎」が用いた落款印の一つである「富士」といわれるものである(参考:ホームページ「信州・小布施 北斎館」の「収蔵品紹介」の「肉筆画帖」の項目(http://www.book-navi.com/hokusai/art/sake.html))。
そうとすれば、本願商標を構成するそれぞれの部分が独立して自他商品の識別標識としての機能を果たし得るものであること、そして、商標権は、専用権であるとともに、第三者に対する禁止権でもあることから、請求人のみに当該人物名について商標登録を認めることは、第三者の公益的施策に伴う各種商品等への商標の使用を制限することとなり、その公益的な事業活動に支障をきたすおそれがあるものといわなければならない。
イ 「本願商標を構成する『葛飾北斎』は浮世絵師であり、『坂本龍馬』や『桂小五郎』:といった幕末の偉人とは事情が全く異なる。・・・土佐や長州といった地域から出てきて、その地域の出身者でなければ成し遂げられなかった偉業を達成した幕末の偉人達と、芸術家である葛飾北斎とでは、地域との関係は全く異なり、葛飾北斎の生誕地や晩年を過ごした地を取り上げて、これらを『坂本龍馬』にとっての土佐(高知)や、『桂小五郎』にとっての長州(山口県)と同等に取り扱うことは全くできない。」
しかしながら、前記したように「葛飾北斎」は、幕末の偉人達の名前と同様に、著名な歴史上の人物名として多くの人々に知られるところであり、その人物名は、多種多様な事物において、様々な人々によって使用されているものであり、そして、東京都墨田区などの公共団体や文化団体等が「葛飾北斎」の名前のもとに行う地域興し事業、観光事業などにおいて、土産物やイベント等の商品が販売されており、今後も販売され得るものである。
そうとすれば、商標権は、専用権であるとともに、第三者に対する禁止権でもあることから、請求人のみに当該人物名について商標登録を認めることは、第三者の公益的施策に伴う各種商品等への商標の使用を制限することとなり、その公益的な事業活動に支障をきたすおそれがあるものといわなければならない。
(3)請求人は、平成23年8月22日受付けの意見書において、「本願商標が登録されると、観光振興や地域興しなどの公益的な施策の遂行を阻害することになり、また、社会公共の利益に反するとの認定には、首肯できない。」として、以下のとおり主張する。
ア 「本願商標の出願日後に出願された『北斎』を含む商標の登録例として、登録第5228241号の『道場北斎』、登録第5249915号の『Narita Hokusai Plaza\ナリタ北斎プラザ』、登録第5281554号の『東京\せんべい\喜八堂∞冨嶽三十六景∞神奈川沖\浪裏∞北斎改為一筆』、登録第5396745号の『すみだ北斎美術館』、および登録第5401646号の『北斎の富士 北斎蔵』が存在する。」
しかしながら、請求人の挙げる登録例は、その構成、態様が本願商標の事案と異なるものであって同列に論じられるものでもなく、また、該登録例は、「葛飾北斎」の文字よりなるものではない。
そうすると、それらの登録例の存在をもってしても、前記認定が左右されるものではない。
イ 「本願商標は『葛飾北斎』の漢字を特定の書体で縦書きし、その下部に『KATSUSHIKA HOKUSAI』の欧文字を表すとともに、朱色の印が押された構成よりなる結合商標であって、それ以上でもそれ以外でもない。従って、本願商標が登録査定を受けた場合でも、その効力が、単に『葛飾北斎』の文字が付された、タオル、手拭い、ハンカチ、ふろしきなどに及ぶことは絶対に無い。また、本願商標が登録査定を受けた場合でも、その効力が、本願商標の書体と異なる書体からなる『葛飾北斎』の文字が付された貯金箱等に及ぶことは絶対に無い。さらに本願商標の書体と同じ書体からなる『葛飾北斎』の文字が付されたタオル等であっても、そこに『KATSUSHIKA HOKUSAI』の欧文字、或いは朱色の印のいずれか一方が無い場合には、本願の商標の効力が、貯金箱等に及ぶことは絶対に無い。」
しかしながら、本願商標の構成中の「葛飾北斎」「KATSUSHIKA HOKUSAI」の文字部分及び朱印部分は、前記したように、それぞれ自他商品の識別標識としての機能を十分に果たすものであって、とりわけ著名な歴史上の人物名である該文字部分は、非常に強い顕著性を有する部分といえるものである。
そうとすれば、請求人が主張するように、本願の商標権の効力が、全体として一体不可分の構成のみに限定されるものであって、単に「葛飾北斎」の文字を使用する第三者に及ぶことは無いということはできないから、出願人のみに当該人物名について商標登録を認めることは、第三者の公益的施策に伴う各種商品等への商標の使用を制限することとなり、その公益的な事業活動に支障をきたすおそれがあるものといわなければならない。
ウ 「請求人の主張は、実質的に、本願商標の効力範囲が、漢字文字の『葛飾北斎』のみからなる商標、或いは欧文字の『KATSUSHIKA HOKUSAI』のみからなる商標等には及ばないことを自覚し、これを宣言するものである。」
しかしながら、請求人が、たとえ上記した旨を宣言したとしても、先に述べたとおり、本願商標は、それぞれの部分が独立して自他商品の識別標識としての機能を果たし得るというのが相当であり、また、著名な歴史上の人物名である該文字部分は、非常に強い顕著性を有する部分といえるものである。
そうとすると、商標権は、専用権であるとともに、第三者に対する禁止権でもあり、出願人のみに当該人物名について商標登録を認めることは、第三者の公益的施策に伴う各種商品等への商標の使用を制限することとなり、その公益的な事業活動に支障をきたすおそれがあるだけでなく、商標権を巡る争いなど無用の混乱を招くおそれがあるものといわなければならない。
したがって、請求人の上記主張は、いずれも採用することができない。
(4)むすび
以上のとおり、本願商標が商標法第4条第1項第7号に該当するとして本願を拒絶した原査定は、妥当なものであって、取り消すべき限りではない。
よって、結論のとおり審決する。
Next Action
次の一手につながるサービス
類似審決の追加調査から中間応答、新規出願の費用確認まで、この審決を起点に次のアクションへ進めます。