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Trademark Appeal Case

無効審判の利害関係人

本データベースは、特許庁の審決例をAIで解析・要約したものです。拒絶理由通知に対する意見書作成や、審判請求書等の作成時の参考としてお役立てください。

基本情報

審判番号無効2019−890032(T2019−890032/J3)
審判種別無効
結論敗訴(請求棄却)

結論テキスト

登録第5986804号の指定役務中,第41類「茶道の教授,茶会の企画・運営又は開催」についての登録を無効とする。
その余の指定役務についての審判請求は成り立たない。
審判費用は,その2分の1を請求人の負担とし,2分の1を被請求人の負担とする。

理由テキスト

第1 本件商標

本件登録第5986804号商標(以下「本件商標」という。)は,「織部流」の文字を横書きしてなり,平成28年7月26日に登録出願,第41類「茶道の教授,セミナーの企画・運営又は開催,電子出版物の提供,図書及び記録の供覧,図書の貸与,美術品の展示,書籍の制作,茶会の企画・運営又は開催,興行の企画・運営又は開催(映画・演芸・演劇・音楽の演奏の興行及びスポーツ・競馬・競輪・競艇・小型自動車競走の興行に関するものを除く。)」を指定役務として,同29年9月21日に登録査定,同年10月6日に設定登録されたものである。

第2 請求人の主張

請求人は,本件商標の登録を無効とする,との審決を求め,その理由を要旨次のように述べ,証拠方法として甲第1号証ないし甲第27号証(枝番号を含む。)を提出した。

1 無効事由

本件商標は,商標法第4条第1項第7号及び同項第10号に該当し,同法第46条第1項の規定により無効である。

2 本件商標を無効とすべき理由

(1)引用商標

引用商標は「織部流」の漢字で表記され「おりべりゅう」と呼称されるもので,未登録商標ではあるものの,請求人が行う茶道の教授,茶会の企画・運営又は開催,並びに請求人が同商標の使用を許諾した者らが行う茶道の教授,茶会の企画・運営又は開催といった役務に使用されている。

(2)請求人適格について

被請求人は,請求人(長門宏道)が本件商標の無効審判につき利害関係人でないことから却下されるべきと主張する。

被請求人の主張の要旨は,興聖寺の住職が請求人から望月氏に交代したことをもって,請求人が興聖寺を代表する者でなく(乙1),本件商標につき利害関係がないとのことだが,以下のとおり誤りである。

まず,被請求人は答弁書において,請求人が「審判請求人である長門宏道が臨済宗興聖寺派本山興聖寺の住職である」と述べている旨主張しているが,本審判請求書には正確には「臨済宗興聖寺派本山の住職」と記載されており,「臨済宗興聖寺派本山」の後の「興聖寺」は被請求人による勝手な付加である。

確かに,臨済宗興聖寺派本山興聖寺の住職は,平成30年7月14日に請求人から望月氏に変更となっているが(したがって,2017年(平成29年)末に住職が変更となっているとする,被請求人の代表理事である宮下玄覇氏(以下「宮下氏」という場合がある。)の記述は不正確である。),宗教法人「臨済宗興聖寺派」の代表社員(審決注:代表役員の誤記と認められる。)は,上記住職の変更前も変更後も請求人のままで変更はない(甲23)。したがって,請求人は今でも興聖寺を代表する者である。

また,請求人は,興聖寺の住職が請求人から望月氏に変更になる前は,上記のとおり臨済宗興聖寺派の代表役員と「興聖寺派本山管長」という興聖寺派末寺の八ケ寺をまとめる役職と興聖寺の「住職」という役職を兼務していた。それが,上記のとおり平成30年7月14日に興聖寺の住職の役職のみを望月氏に譲ったのである。すなわち,本審判請求書の「臨済宗興聖寺派本山の住職」という記載は,正確には「臨済宗興聖寺派の代表役員」ということになる。

そして,織部流の家元は,近年は興聖寺の住職が就いているが,これも正確にいうと「臨済宗興聖寺派の代表役員」が家元に就いている。ただし,織部流の家元たる地位と臨済宗興聖寺派の代表役員の地位は,連動するものではない。織部流の家元は,指名制であるから現家元である請求人の考え次第では,臨済宗興聖寺派の代表役員や興聖寺の住職以外の者がなる可能性もある。

以上から,興聖寺の住職が請求人から望月氏に交代となっても,織部流の家元の地位には何らの変更も生じない。かかる根本的な問題を被請求人は完全に誤解している。

よって,興聖寺の「住職」の交代があったとしても,織部流の家元は依然として請求人であることに変わりはなく,請求人が本件商標につき利害関係人であることは明らかである。

(3)商標法第4条第1項第10号について

ア 「織部流」とは

「織部流」とは,戦国武将の古田織部(1544年〜1615年)が,創案した武家茶道の流祖として天正7年(1579年)ころ始めた茶道の呼称である。

古田織部は,茶道史上の重要人物として世に知られている人物であり,茶聖千利休に露地草庵数寄屋の茶の湯を学び,千利休の没後は豊臣秀吉の茶頭(さどう)を勤めた。大野道可に古儀式茶法を学び,両氏の茶法を基に武家茶道の基礎を作った。

晩年,古田織部は,大阪夏の陣で徳川家に敵対したということで切腹を命じられ,古田家は断絶の処分を受けたが,わずかに孫だけは豊後竹田岡藩の家老職として存続を許され,その後は織部流の茶道は古田家に代々伝承されていった。

そして,明治の初期,織部流14代古田宗関は,それまで古田家に伝わる茶道が「古織流」と呼ばれていたものを現在の「織部流」と改名し,武家茶道の一流派を立てた。

現在は,臨済宗興聖寺派本山(以下「興聖寺」という。)の住職である請求人が,織部17代(家元)として「織部流」の茶道を伝承している(甲1,甲2)。

イ 請求人が織部流の家元であること

(ア)請求人が織部流の家元を承継していること

請求人は,昭和57年から興聖寺の住職の地位にあり,同時期から先代の住職であった浅野牧僊から織部流17代を引継ぎ,織部流18代の家元となった(甲2,甲3の1〜3)。なお,請求人の戸籍上の氏名は,「長門宏道」であるが住職,家元としては「長門玄晃」又は「長門槐安」の名を使っている。

(イ)古織会としての活動

昭和48年には織部流の門下生により古織会という任意団体が結成された(当時の家元は織部17代浅野牧僊)。

古織会は,織部流の門弟達で織部流茶道の作法の研究及び研さんを行い,織部流の会得及び継承を目的として活動している。古織会の会員は,習得度によって,初伝,中伝,奥伝,師範,茶名,教授門証の各段階に区分され,師範,茶名,教授門証の会員については,家元から織部流の名前を使って,織部流茶道の教授をしてよいとの許諾を受けることになっている(甲4)。具体的には,古織会では,織部流の茶道を全て会得した者に対しては,請求人から「織部流」の師範を名乗ってもよいという免状(甲5の1〜3)や木製の看板(甲6の1〜5)を与えて掲げることを許している。

古田織部の命日や年始の初釜のときなどは,全国の古織会の門弟が興聖寺に集まって茶会を開いており,興聖寺が織部流の聖地となっている。

古織会は,全国に支部があり,京都の興聖寺に本部を置き,東京,神奈川,九州に支部を置いて,織部流の茶道の普及,茶会の開催などを行っている。

ウ 被請求人及び被請求人の代表理事である宮下氏が織部流の開祖とは無関係であり,織部流の承継者ではないこと

(ア)被請求人の本件出願登録時の主張が事実に反すること

この点,宮下氏は,本件商標の登録出願に際して,平成29年4月3日付け意見書の中で,「本件出願人である宮下玄覇は,明治時代の織部流茶人・岡崎淵冲が伝えた織部流茶道の唯一の承継者であり」「宮下玄覇は,福岡藩より豊後古田家に伝わった古い茶法を根本に古文献(原典)に基づいて本来の古田織部の茶法を行うものとして織部流茶法を復興したものであり,その点より『織部流』という名称そのものを使用する資格を有するものと自負しています。」「本件出願人・宮下玄覇は個人として,あるいは古田織部美術館として,織部流茶道に関して様々な活動を行っています。最近では,東京・名古屋・京都における『没後400年古田織部展』の開催(中略),日本各地からの依頼による古田織部及び茶道の講演(中略)を行ってきました。」と述べ,あたかも宮下氏が「織部流」の継承者であるかのような主張をしている。

しかしながら,以下に述べるとおり,上記意見書の内容は全くの事実誤認であり,理由がない。

a 宮下氏が岡崎淵冲の伝えた織部流茶道の唯一の承継者ではないこと

まず,岡崎淵冲は織部流14世の古田宗関の弟子の一人であり,現代の織部流のバイブルともいえる「各伝比較點茶活法」を刊行した者ではある。そして,岡崎淵冲は明治時代の人間であり,既に1905年(明治38年)に死亡していることから,宮下氏とは何らの接点を持つこともできず,同人が岡崎淵冲から織部流茶道を承継することは不可能である。宮下氏は織部流の単なる愛好家にすぎず,到底「岡崎淵冲が伝えた織部流茶道の唯一の承継者」とは言えない。また,岡崎淵冲の伝授は直弟子である小林淵穆,佐藤淵静に伝承され,中田淵邦,田中宗雲,飯室淵伴(宗仙)と続き,織部流の「奥伝茶法(秘伝)」を伝承されており,宮下氏が岡崎淵冲の教えを承継しているということはあり得ない(甲1)。

そもそも,宮下氏は,平成7年頃から織部流の師範である熊谷宗勢の下で,織部流の茶道を学んでいたことがあり,単なる一徒弟だったにすぎない(甲7)。しかも,1,2年で織部流の指導をやめている人物である。

その後,平成19年4月に請求人のもとに,宮下氏から電話があり,「織部流茶道を学びたい」との依頼があったので,織部流の宗匠である飯室宗仙が平成23年10月までの間指導したが,飯室宗仙は,宮下氏に一度も許状を出していない。

b 古文献に基づいて宮下氏が織部流茶道を復興したものではないこと

さらに,宮下氏が主張している古文献というのは,具体的にどのような文献を指すものなのか不明であるが,おそらく同人が新たに発見した古文献というわけでもないものと思われる。

よって,宮下氏が古文献に基づいて織部流茶道を復興したなどという事実は存在しない。

c 宮下氏が主催する活動はいずれも織部流茶道とは関係がないこと

被請求人が開催したという「没後四百年 古田織部展」(甲8の1)は,織部好みの茶道具の展覧会であり,茶道として織部流とは関係がない。

また,講演についても,その内容は古田織部の人物像や歴史に関する講演であり(甲8の2・3),織部流の茶道に関する講演ではない。

(イ)被請求人が織部流茶道としての活動を行っておらず,まともな茶道関係者で宮下氏が織部流の承継者と認めているものは誰一人いないこと

宮下氏は,もともとは茶道具や古美術品を扱う古物商であり,その延長で古田織部美術館の館長として焼き物等の収集をしている。古田織部美術館は織部焼展示の施設であり,織部流茶道とは何らの関係もない。

この点,古田織部流茶湯研究会という団体が,織部流茶道の真似事をしているようであるが,宮下氏が茶道の教授を行っているわけではない。

また,古田織部流茶湯研究会に関するインターネット上の説明をみると,なぜか流派については「古田織部流裏千家」となっており(甲9の2・3),筆頭師範は「高橋宗果」となっている(甲9の1)。裏千家とは茶道の代表的な流派であるが,古田織部流と名乗っておきながら裏千家の人間を講師としている(甲9の4)。

さらに,被請求人のホームページに2009年(平成21年)まで岐阜県が主催していた「織部賞」を,それ以降古田織部美術館が全く別物の「織部賞」を主催しているとの記載がある。「織部賞」は,織部流茶道とは全く関係がなく,「古田織部の名を広めるような功績のあった人,織部に関する特筆すべき研究をした人,織部好みの茶器づくりに尽力した人などを顕彰するために,古田織部美術館が公募している賞」,すなわち茶器に関する賞に過ぎず,被請求人が茶道としての織部流の活動をしているわけではない。

(ウ)宮下氏も請求人が織部流の家元と認めていたこと

茶湯手帳(甲3の1・2)は,茶道の行事や全国の茶道の各流派の家元の連絡先などが記載された本であり,啓草社という会社が昭和45年から平成18年まで発行していたものであるが,啓草社が平成18年に廃業したため,それ以降は発行されなくなっていた。そうしたところ,宮下氏が発行者となって,啓草社の茶湯手帳と全く同じような本を平成20年から発行し始め(甲3の3),現在も平成31年度版まで発行されている。

平成20年版の茶湯手帳には請求人が織部流の家元との記載がなされており,宮下氏自身,請求人が織部流の家元と認めている(甲3の3)。

この点,平成20年版の茶湯手帳には,「織部流」と「織部流(古織会)」とあたかも二つの流派があるかの記載がなされているが,「織部流」の16代とされている「田中宗雲」は,「織部流(古織会)」の17代「浅野牧僊」のときに,既に浅野牧僊のもと興聖寺で一緒に織部流茶道を行っており,二つの織部流は同じものを指している。

ところが,宮下氏が発行している平成30年度の茶湯手帳には,織部流についての記載は,織部流「18代槐安」の記載は削除され,「15代目田中宗雲」の記載しかない(甲3の4)。請求人が織部流の家元であることを隠そう,又は事実を歪曲しようとしていることがうかがえる。

エ 請求人の商号が周知されていること(主に過去の活動実績から)

(ア)京都茶道団体懇話会における活動

京都茶道団体懇話会とは,昭和46年に,表千家,裏千家,武者小路千家といった三千家の家元,ノーベル賞を受賞した湯川秀樹京都大学名誉教授,人間国宝の歌舞伎俳優の中村鴈次郎などを名誉顧問として発足した茶道の各流派が集まる団体であり,団体創立時から請求人の師範である田中宗雲も理事役員として名を連ねている(甲12の1)。

京都茶道団体懇話会では,毎年,様々な茶道の流派が集まって合同でお茶会を開催しているが(甲12の2〜7),織部流の師範も毎回出席しており,様々な流派から請求人が織部流の家元であると認知されている。なお,現在は,同会の会員数150名余,織部流の師範である飯室宗仙が同会の会長を務めている。

当然,宮下氏が京都茶道団体懇話会に織部流の代表として呼ばれることなど万が一にもあり得ないことである。

(イ)茶道文化会における活動

茶道文化会とは昭和22年4月に三千家やその他の茶道各流派の宗匠が集まって月1回,茶会を行う会であるが,この会にも請求人の師範は織部流を代表して創立20周年記念時から参加している。なお,同会は財団法人京都市芸術文化協会,及び財団法人京都市文化観光資源保護財団に加盟しており公的にも認められた団体であり,会員数は200人を超える(甲13)。

(ウ)NHKの番組の監修

NHKの「歴史秘話ヒストリア ひょうきんに命がけ 戦国武将古田織部美の革命」の際,請求人の師範である飯室宗仙が織部流茶道の指導監修をしている(甲14)。また「堂々日本史 古田織部 戦国の世を茶の湯で生き抜いた武将」で古田織部を特集した際にも織部流の資料提供を行っている。なお,同番組では薮内流の家元も上記飯室宗仙と並んでエンドロールに記載がされている(甲15)。

このように,NHKも請求人が古田織部を開祖とする織部流の継承者であると認識しているのである。

(エ)その他の活動実績

東京支部の師範らは,全国各地でお茶会を開催しており,仙台で小堀遠州流と石州清水流と合同でお茶会を開催しているほか(甲16の3),京王百貨店新宿店において年に数回,添釜を行っている(甲10,甲16の1・3)。

神奈川支部の師範らは,神奈川県秦野市の秦野茶道協会に師範が所属して,三渓園や早雲寺になどにおいて織部流茶道の普及活動をしている(甲17の1〜16,甲18の1〜10)。

古田織部の出生地である岐阜県でも請求人の師範らは,様々なお茶会を主催している(甲19の1〜8)。なお,平成25年11月9日に開催された茶会の茶室は「国宝茶室如庵」で行われている。

そのほか,請求人の師範らは,平成15年にはニューヨーク,平成16年にはドイツのミュンヘンで大規模なお茶会を開催している(いずれも岐阜県が主催,甲20の1〜3)。

(オ)小括

茶道会で活動人数の多数を占める裏千家,表千家といった茶道団体(すなわち,茶道会における需要者の大多数)から「織部流」と言えば請求人が家元であることは長い間認知されているのである。

よって,本件商標は,「茶道の教授,書籍の制作,茶会の企画・運営又は開催」のいずれかについて,「他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認知されている商標」といえる。

オ まとめ

以上から,本件商標は,商標法第4条第1項第10項に該当し,同法第46条第1項の規定により無効である。

(4)商標法第4条第1項第7号について

ア 本件商標が,「古田織部を祖とする茶道の流派」を意味するものとして広く認識されていること

上記(3)アのとおり,「織部流」は「古田織部を祖とする茶道の流派」を意味するものであることは,その成立の経緯及び名称から明らかであり,上記(3)エでも述べたとおり,織部流以外の茶道の他流派においても同様の認識であり,かつ請求人が家元であると認識されている。

そのような,歴史と伝統ある「織部流」の名称の使用を,古田家や古田織部と何の関係もない被請求人が,独占できる理由はない。

イ 被請求人が請求人の正当な活動を阻害していること

請求人の師範である熊谷宗和が,平成30年10月26日,京王百貨店新宿店で織部流のお茶会を開催しようとした際,同百貨店に被請求人からと思われる文書が届き(甲21),同文書には「織部流茶の湯研究会(本部・京都市北区)しか,『織部流』は名乗れなくなりました。」との記載があり,「織部流」の名称の使用することを止める旨の記載があった。

このように,被請求人は,請求人や同人から「織部流」の名称の使用を許諾された師範代の正当な活動を阻害している。

ウ 本件商標は,剽窃的な商標登録であること

宮下氏は,請求人がはるか以前から「織部流」の名称を使って家元として茶道の教授や茶会の企画・運営又は開催などを行っていることを十分に知りつくした上で,請求人から紹介を受け,織部流の宗匠(家元の代理)である飯室宗仙氏や熊谷宗勢氏らから織部流茶道を学んでいた経歴を持つ者であり,到底「織部流茶法を復興した者」とはいえない。

また,宮下氏が織部流を教わったという久留米在住の島靖彦氏の師匠である田中宗雲氏は,20年間興聖寺にて織部流の教授に携わり(そのうち昭和49年〜59年の10年間は興聖寺に居住),織部流第17代家元の代理として宗匠の地位にあったものである。

宮下氏も自己が出版する平成30年度の茶湯手帳にも田中宗雲が織部流の家元であると記載して(正しくは宗匠であるが),同氏が織部流の茶法を承継していることは認めていると思われるが,その田中宗雲から同氏が20年間興聖寺にいる間,織部流の教授を受けたのが,現在の請求人を家元とする織部流の宗匠である飯室宗仙であること紛れもない事実であり,宮下氏は当然にそのことは認識していた(であるからこそ,宮下氏は飯室宗仙の元に教えを請いに来たのである。)。

したがって,本件商標は,「織部流」の名称の使用権を剽窃しているといわざるを得ない。

エ まとめ

以上から,本件商標は,商標法第4条第1項第7号に該当し,同法第46条第1項の規定により無効である。

第4 被請求人の答弁

被請求人は,本件審判請求は成り立たない,審判費用は請求人の負担とする,との審決を求め,その理由を要旨次のように述べ,証拠方法として乙第1号証ないし乙第4号証を提出した。

1 請求人適格

請求人は,請求人の長門宏道が臨済宗興聖寺派本山興聖寺の住職である,と述べているが,陳述書1(乙1)にも記載したとおり,同寺の住職は平成29年(2017年)末に望月宏済に交代しており,請求人の長門宏道はもはや興聖寺を代表する者ではない。

また,「興聖寺の住職が請求人から望月氏に交代となっても,織部流の家元の地位には何らの変更も生じない。」と述べているが,その証拠は示されていない。どの仏教宗派・寺院においても,日々の具体的な宗教活動を行うのは寺であって,宗教法人ではない。

寺において行われる茶会等についても同様であり,その主体は宗教法人ではなく寺であるのが普通である。

実際,甲第22号証の1(平成25年度)ないし甲第22号証の4(平成28年度)においてはいずれもタイトルが「興聖寺 織部流古織会 年中行事 日程予定表」となっており(平成29年度以降は記載なし),「興聖寺」が茶会等の主体であることを示している。

すなわち,茶道の教授等の役務を行うのは興聖寺という寺であり,その寺を代表する住職ではない人間が本件商標の無効を請求する資格はない。

したがって,本件審判の請求は,商標法第46条第2項に反する違法なものであり,直ちに却下されるべきである。

2 商標法第4条第1項第10号該当性

請求人が提出した証拠においては,「織部流」と自称する団体が単に存在したことが記載されているか,あるいは,裏千家等の他の有名茶道諸団体と一緒に活動したことが記載されているのみである。単に存在したことによってはもちろん,他の有名団体と一緒に活動したことをもって,本件商標の指定役務のいずれかについて「他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標」とすることは到底できない。

仮に「興聖寺 織部流古織会 年中行事日程予定表」(甲22の1〜4),「織部流古織会 年間行事予定日程表」(甲22の5〜7)により請求人の茶会,茶道の教授等が広く知られていたことが証明されたとしても,それは「織部流古織会」という名称により広く知られていたことになる。

したがって,本件商標が商標法第4条第1項第10号に該当するとの請求には何ら根拠がない。

3 商標法第4条第1項第7号該当性

請求人は,被請求人及び宮下氏があたかも「織部流」が自己が創設した茶道の流派であるかのように独占しようとしている,と述べている。

しかし,被請求人及び宮下氏は,本来の古田織部の茶法を行うものとして織部流茶法を復興したものであり,その点より「織部流」という名称を使用する資格を有する。請求人より「織部流」の名称の使用権を剽窃するもの,といわれる筋合いは全くない。

したがって,被請求人が本件登録を得ることは,何ら公正な競業秩序を害するおそれのあるものではなく,また,社会公共の利益に反するものでもないことから,本件商標が第4条第1項第7号に該当するとの請求にも全く根拠がない。

第5 当審の判断

1 請求人適格について

本件審判の請求に関し,当事者間において,利害関係の有無につき争いがあることから,まず,この点について判断する。

両当事者から提出された証拠によれば,請求人は,「臨済宗興聖寺派」の代表役員であり(甲23),また,「織部流」の家元であると認められる(甲2,甲3の1〜3,甲26)ところ,請求人は,本件商標の登録の存在によって,直接的な影響を受けることもあり得るとみられ,本件審判の請求について,何らの利害関係も有しないとはいい難い。

そうすると,請求人は,本件審判を請求することについて,利益を有するものと解するのが相当である。

したがって,本件審判の請求は,その請求を不適法なものとして却下することはできない。

2 引用商標の周知性について

請求人及び被請求人提出の証拠,及び両人の主張によれば次の事実が認められる。

(1)「織部流」及び請求人(長門宏道・玄晃・槐安)について

ア 「日本の茶家」(株式会社河原書店 昭和58年12月15日発行:甲1)には,「織部流」の見出しの下,「織部流茶道の系統」の項に,「流祖古田織部は美濃の国の武士で,織田信長,豊臣秀吉に仕え,累次の軍功によって従五位下織部正に叙任され,・・・大名であった。・・・織部流の茶法は,織部の義弟・古田平次重続(織部の妻の実家中川家の家老)が相伝し,・・・後に中田淵邦,田中宗雲,および興聖寺に伝わる。・・・十六世瑞阿弥は,先に古田織部正が創建した京都興聖寺の住職・浅野牧仙に茶法を伝授し,織部流十七世王雲斎牧仙とする。」の記載がある。

イ 「お点前の研究」(大隅書店 2015年3月30日発行:甲2)には,「第1章調査対象流派および点前の分析方法」の見出しの下,「(6)織部流(EQ)」の項に,「織部流は,千利休の弟子古田織部(天文12年(1543)〜慶長20年(1615))を流祖とする流派」であり,その系譜として,「17代浅野牧仙」の後に「18代長門玄晃」の記載がある。

ウ 「茶湯手帳」(敬草社 昭和60年(1985)版:甲3の1,平成18年(2006)版:甲3の2)には,「織部流」の項に,「17牧僊 王雲斎」の後に「18槐安 当代」の記載がある。

エ 「茶湯手帳」(宮帯出版社 平成20年(2008)版:甲3の3)には,「織部流(古織会)」の項に,「17浅野牧僊 牧仙 王雲斎」の後に「18長門槐安 玄晃 当代」の記載がある。

オ 師範の免状(平成14年1月〜平成25年6月11日:甲5,甲6の1〜3・5)には,「織部流拾八世 槐安」,「師範名 飯室宗仙」が表示され,茶道教室の看板(甲6)には,「織部流拾八世 槐安」が表示されている。

カ 昭和46年に創立した「京都茶道団体懇話会」は,表千家,裏千家,武者小路千家を始めとする茶道各流派から構成される団体であり,昭和50年以降,役員の理事に織部流の師範である飯室宗仙が就いている。また,同氏は平成21年に常任理事,同23年に理事長,同28年に会長を務めている(甲12の1)。

上記懇話会が開催した第53回秋季茶会(平成9年11月3日,甲12の2),第63回秋季茶会(同14年11月3日,甲12の3),第67回四百年傳武家茶道 秋季茶会(同16年霜月7日,甲12の4),第75回秋季茶会(同20年11月3日,甲12の5),第78回春季茶会(同22年5月9日,甲12の6),第87回秋季茶会(同26年11月3日,甲12の7)に織部流の飯室宗仙,熊谷宗和,飯室淵伴が席主を務めた。

キ 昭和22年に創立した「茶道文化会」は,表千家,裏千家,武者小路千家を始めとする茶道各流派の宗匠が茶会を行う会であり,昭和50年,同60年,平成9年,同27年,役員の理事に,同29年,理事長に織部流の師範である飯室宗仙が就いている(甲13)。また,昭和50年3月9日,同年8月17日,同52年6月12日,同63年6月12日,平成2年12月9日,同6年9月18日,同8年4月21日,同10年6月14日,同24年3月25日の茶会に織部流の田中宗雲,飯室宗仙,尾花宗宙が席主を務めた(甲13)。

ク 平成30年3月17日,同年7月14日,同年10月12日京王百貨店新宿店において開催した茶陶展において,織部流の熊谷宗和が添釜を行った(甲10,甲16の1・2)。

ケ 平成30年11月18日に開催した「第2回仙台藩の武家茶道」において,武家茶道三流派として「織部流」「小堀遠州流」「石州清水流」が参加した(甲16の3)。

コ 「文化はだの」(平成9年10月31日秦野市文化団体協議会発行)には,秦野茶道協会会員として,織部流が表千家,裏千家,庸軒流等とともに掲載されている。(甲17の1)。

サ 「中日岐阜ホームニュース『ほたる通信』672号」(平成22年11月20日発行)には,「特集 古田織部ゆかりの地で活動/茶道織部流を伝える/織部流みどりの会」の見出しの下,「本巣市ゆかりの戦国武将で,茶人でもあった古田織部を始祖とする茶道織部流。」の記載がある(甲19の2)。

シ 「広報もとす MOTOSU 6」(2017 No.161)には,「天下一の茶人しのびお点前堪能/古田織部顕彰茶会」の見出しの下,「続いて織部流茶道がお点前を披露し,訪れた人を一服のお茶でもてなしました。」の記載がある(甲19の3)。

ス 平成17年4月22日の「現世織部三昧フェア開催式典記念茶会」,平成25年11月9日の「住吉窯陶芸教室開設40周年記念茶会」及び平成28年11月23日の「彦根城の茶会」に織部流の筑間宗翠が席主を務めた(甲19の4,甲19の6,甲19の8)。

セ 「広報もとす MOTOSU 2003 12」(No.314)には,「オリベ2003 in NY〜オリベ自由茶会に参加して〜」の見出しの下,「本巣町では,22日『受庵』で伊藤先生,筑間先生を中心に織部流の茶席を担当いたしました。」の記載がある(甲20の3)。

ソ 平成30年10月26日付けの佐々木から京王百貨店新宿店京王ギャラリー担当者へ宛てたお知らせには,「このほど,ランドブレイン(株)(本社・東京都千代田区)の調査などによって大分県竹田市に伝わった茶道が明らかになるなど『織部流』についての整理が進み,織部流茶の湯研究会(本部・京都市北区)しか『織部流』は名乗れなくなりました。・・・ご案内のハガキにも,『12日(金)織部流 熊谷宗和先生』と記載されておりますが,今後,熊谷先生による同様の茶席を計画される際には,こうした告知媒体における『織部流』の名称を改めて頂く必要がございます。」の記載がある(甲21)。

タ 「臨済宗興聖寺派」の登記記録によれば,「役員に関する事項」に「代表役員 長門宏道」の記載がある(甲23)。

チ 請求人が主張する興聖寺の住職である望月宏済による陳述書(甲26)には,「織部流の家元は今も長門玄晃氏のままで,何ら変動はありません。」の記載がある(甲26)。

(2)被請求人について

ア 被請求人が本件商標の審査時において提出した意見書によれば,被請求人は,古田織部好みの茶道具,千利休・豊臣秀吉ら織部周辺の人々にゆかりの品など歴史資料等を展示する美術館である。

イ 被請求人の代表理事の宮下氏は,織部好の焼物,会席具を特集した「没後四百年古田織部展」(2015年11月1日発行)を監修した(甲8の1)。

ウ 宮下氏は,平成27年度熱田神宮文化講座において,「尾張出身の武将茶人・古田織部の実像」(平成27年10月24日)と題して講演を行った(甲8の2)。

エ 宮下氏は,竹田市合併10周年記念・第9回由学館セミナー講演会において,「古田織部の実像と豊後古田家について」(平成27年11月28日)と題して講演会を行った(甲8の3)。

(3)上記(1)の認定事実によれば,「織部流」は,「千利休の弟子古田織部を祖とする茶道の流派」であって,その茶法は,京都興聖寺に伝わるものである。

そして,「お点前の研究」に,織部流の系譜として,「18代長門玄晃」の記載,「茶湯手帳」(昭和60年(1985)版,平成18年(2006)版,平成20年(2008)版)の「織部流」の項に,「18槐安 当代」,「18長門槐安 玄晃 当代」の記載があること,師範の免状(14年1月〜平成25年6月11日)が「織部流拾八世 槐安」の家元名で交付されていること,茶道教室の看板が「織部流拾八世 槐安」の家元名で表示されていること,請求人は,「臨済宗興聖寺派」の代表役員であること,興聖寺の住職である望月宏済氏は,「織部流の家元は今も長門玄晃氏のままで,何ら変動はありません。」と陳述していること,請求人は,戸籍上の氏名は,「長門宏道」であるが住職,家元としては「長門玄晃」又は「長門槐安」の名を使っている旨主張していることを併せ考慮すると,請求人は遅くとも昭和60年(1985年)には,茶道の流派の一つである「織部流」の家元であって,現時点においても継続していると認められる。

また,織部流の師範は,表千家,裏千家,武者小路千家を始めとする茶道各流派から構成される「京都茶道団体懇話会」の役員を昭和50年以降継続し,平成28年に会長となったこと,同懇話会が開催した茶会(平成9年11月〜同26年11月)に織部流の師範が席主を務めたこと,織部流の師範は,表千家,裏千家,武者小路千家を始めとする茶道各流派の宗匠が茶会を行う会の「茶道文化会」の役員を昭和50年以降継続し,平成29年に理事長となったこと,同文化会が開催した茶会(昭和50年3月〜平成24年3月)に織部流の師範が席主を務めたこと,織部流の師範は,平成30年3回,東京の百貨店で開催した茶陶展において,添釜を行ったこと,織部流の師範は,平成17年4月,同25年11月,同28年11月,同30年11月に開催されたイベントの茶会に席主を務めたこと,織部流は,平成9年10月に秦野市(神奈川県)の広報誌,平成22年11月に中日岐阜ホームニュース,平成15年12月及び同29年6月に本巣市(岐阜県)の広報誌にその活動が紹介されたことを併せ考慮すると,引用商標は,請求の業務に係る役務「茶道の教授,茶会の企画・運営又は開催」を表示するものとして,本件商標の登録出願時及び登録査定時には,茶道関連の需要者の間に広く認識されていたものと認められる。

(4)上記(2)の認定事実によれば,被請求人は,古田織部好みの茶道具など歴史資料等を展示する美術館であって,宮下氏は,織部好の焼物,会席具を特集した古田織部展を監修し,古田織部に関する講演を行ったことは認められるが,茶道「織部流」に関する役務を提供していた事実は確認することはできない。

3 商標法第4条第1項第10号該当性について

(1)本件商標と引用商標との類否について

本件商標は,上記第1のとおり,「織部流」の文字を横書きしてなるものであり,引用商標もまた,「織部流」を横書きしてなるものであるから,両商標は,「オリベリュー」の称呼を同一にするものであり,また,外観については,同一又は類似のものである。

そして,観念については,両者はいずれも,「古田織部を祖とする茶道の流派」の観念を生ずるものである。

そうすると,本件商標と引用商標とは,外観,称呼及び観念のいずれにおいても相紛れるおそれのある類似の商標というべきである。

(2)本件商標の指定役務と引用商標が使用される役務との類否について

本件商標の指定役務中の「茶道の教授,茶会の企画・運営又は開催」と引用商標が使用される役務「茶道の教授,茶会の企画・運営又は開催」とは同一である。

(3)小括

上記2(3)のとおり,引用商標は,請求の業務に係る役務「茶道の教授,茶会の企画・運営又は開催」を表示するものとして,本件商標の登録出願時及び登録査定時には,茶道関連の需要者の間に広く認識されていたものと認められる。

そして,本件商標と引用商標とは,互いに類似する商標であり,また,本件商標の指定役務中の「茶道の教授,茶会の企画・運営又は開催」も引用商標が使用される役務と同一のものであるから,本件商標は,商標法第4条第1項第10号に該当する。

4 商標法第4条第1項第7号該当性について

本件商標は,上記第1のとおり,「織部流」の文字を横書きしてなるものであり,たとえ,引用商標が請求人の業務に係る役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているとしても,本件商標は,引用商標の信用,名声に便乗する,又は引用商標の顧客吸引力を希釈化させ,その信用,名声を毀損するなど不正の目的をもって使用をするものというべき証左は見いだせない。

なお,佐々木なる者から,京王百貨店新宿店京王ギャラリー担当者宛に,「織部流茶の湯研究会(本部・京都市北区)しか『織部流』は名乗れなくなりました。・・・告知媒体における『織部流』の名称を改めて頂く必要がございます。」と「織部流」の名称の使用を止める旨の文書(甲21)があったことは認められるが,佐々木なる者と被請求人を結びつける具体的な証左はない。

また,本件商標は,その構成自体が非道徳的,卑わい,差別的,きょう激又は他人に不快な印象を与えるような文字からなるものではなく,これをその指定役務に使用することが社会公共の利益や社会の一般的道徳観念に反するものではなく,さらに,その使用が他の法律によって禁止されているもの,外国の権威や尊厳を損なうおそれがあって特定の国若しくはその国民を侮辱し,国際信義に反するものでもない。

さらに,請求人の主張及び同人の提出に係る甲各号証を総合してみても,商標登録出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあり,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ない場合等,その出願経緯などに公序良俗に反するおそれがあることを具体的に示す証拠の提出もない。

したがって,本件商標は,商標法第4条第1項第7号に該当しない。

5 むすび

以上のとおり,本件商標の登録は,本件審判の請求に係る指定役務中,第41類「茶道の教授,茶会の企画・運営又は開催」については,商標法第4条第1項第10号に該当するものであるから,同法第46条第1項の規定により,無効とすべきである。

しかしながら,本件商標は,本件審判の請求に係る指定役務中,上記の指定役務を除くその余の役務である第41類「セミナーの企画・運営又は開催,電子出版物の提供,図書及び記録の供覧,図書の貸与,美術品の展示,書籍の制作,興行の企画・運営又は開催(映画・演芸・演劇・音楽の演奏の興行及びスポーツ・競馬・競輪・競艇・小型自動車競走の興行に関するものを除く。)」については,商標法第4条第1項第10号及び同項第7号のいずれにも該当するものとはいえないから,同法第46条第1項の規定により,その登録を無効とすべきでない。

よって,結論のとおり審決する。

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