結論テキスト
登録第6725055号の登録を無効とする。
審判費用は被請求人の負担とする。
Trademark Appeal Case
本データベースは、特許庁の審決例をAIで解析・要約したものです。拒絶理由通知に対する意見書作成や、審判請求書等の作成時の参考としてお役立てください。
| 審判番号 | 2024890031 |
|---|---|
| 審判種別 | 記載はありません。 |
| 結論 | 勝訴(請求認容) |
理 由
本件登録第6725055号商標(以下「本件商標」という。)は、「グリコールリグニン」の文字を標準文字で表してなり、令和4年5月11日に登録出願、第1類「ポリエチレングリコールと杉より抽出したリグニンを結合したリグニン化合物,ポリエチレングリコールとリグニンを結合したリグニン化合物」を指定商品として、同5年6月27日に登録査定、同年8月9日に設定登録されたものである。
請求人は、結論同旨の審決を求め、その理由を要旨次のように述べ、証拠方法として、甲第1号証ないし甲第20号証(枝番号を含む。以下、枝番号をまとめて引用するときは枝番号を省略する。)を提出した。
本件商標は、商標法第3条第1項第1号及び同法第4条第1項第7号に該当するものであるから、同法第46条第1項第1号により、その登録を無効にすべきものである。
(1)請求人及び被請求人について
ア 請求人について
請求人は、明治38年に農商務省山林局林業試験所として発足後、改編・名称変更を経て平成13年に成立した独立行政法人であり、森林、林業、木材産業、林木育種にわたる森林に関係する学際的な研究を行う中核的な試験研究機関である(甲1)。
請求人は、平成17年頃からリグニンを主成分とする工業素材の研究開発を開始し、平成22年頃には、ポリエチレングリコールを用いて杉由来のリグニンを改質することにより高強度かつ熱加工性に優れた工業素材(以下「PEG改質リグニン」という。)を生成することに成功したことから、遅くとも平成26年頃にはこのPEG改質リグニンを「グリコールリグニン」又は「改質リグニン」と名付けて、「グリコールリグニン」との名称を現在まで使用している。
また、請求人は、PEG改質リグニンの研究開発等に関して、「地域リグニン資源開発ネットワーク」、「高機能リグニン」、「SIPリグニン」等のコンソーシアムを結成し、代表機関を務めてPEG改質リグニンの研究開発を牽引してきた。
イ 被請求人について
被請求人は、化成品等の製造・販売、加工品工場の設備・設計等を目的として、令和元年12月3日に設立された法人であり(甲2)、PEG改質リグニンの研究開発には、同2年1月頃から参入している。同年4月1日には、被請求人は、請求人ほか5機関との間で、「木質新素材による新産業創出事業共同事業体協定書」を締結し、同3年7月1日には、請求人との間で、「改質リグニンの製造プロセスの高度化に関する共同研究開発契約」を締結した(なお、同契約は令和6年3月31日をもって終了した。)ほか、請求人が代表を務める上記の地域リグニン資源開発ネットワーク等にも参加しているが、被請求人は、共同研究の成果を単独発明として特許出願し、本件商標を単独で出願する等し、請求人が当該特許出願の取下げや本件商標に係る商標権の譲渡を申し入れても一向に応じようとしない(後記(3)エ)。
(2)商標法第3条第1項第1号について
本件商標は、その登録査定時、本件商標の指定商品を取り扱う業界において、ポリエチレングリコールとリグニンとが結合したリグニン化合物、ポリエチレングリコールと杉より抽出されたリグニンを結合したリグニン化合物を示す普通名称として一般に認識され、かつ、使用されていたものであるから、商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標である。
ア 請求人及びコンソーシアムの構成員等による使用例(甲3、甲4)
前記(1)アで述べたとおり、請求人は、自らの研究開発を経て生成されたPEG改質リグニン(この工業素材はポリエチレングリコールとリグニンとが結合したリグニン化合物、ポリエチレングリコールと杉より抽出されたリグニンを結合したリグニン化合物である)を「グリコールリグニン」又は「改質リグニン」と名付けて、「グリコールリグニン」との名称を現在まで使用し続けており、以下のような使用例がある。
(ア)公開特許公報2017-189741(甲3の1)
リグニン凝集剤に関する発明について、ポリエチレングリコール等の安全性の高いグリコール系薬剤を用いた常圧酸加溶媒分解法で分解して得られたリグニンについて「グリコールリグニン」との名称を用いており(段落【0003】)、「加溶媒分解リグニン誘導体(森林総研製 スギのPEG蒸解によるグリコールリグニン(以下、「グリコールリグニン」と呼ぶ))」(段落【0029】)等の記載がある。
(イ)公開特許公報2017-197517(甲3の2)
「グリコールリグニンの製造方法及びそのシステム」と称する発明に関し、背景技術として「リグノセルロースをポリエチレングリコール、ジエチレングリコールなどグリコール系薬剤を使用して、濃硫酸を触媒として加溶媒分解を行って得られたリグニンは、グリコール系薬剤で誘導体化されたグリコールリグニンであり、(中略)このようにして得られたグリコールリグニンを用いて炭素繊維や活性炭素繊維を製造する方法が開示されている(特許文献1)。」(段落【0003】)、「グリコールリグニンを含む溶液画分と、セルロースおよびヘミセルロースを主成分とする固形残査であるパルプとを分離した。」(段落【0031】)等との記載がある。
(ウ)公開特許公報2021-147409(甲3の3)
水及び有機溶剤双方への相溶性を有するリグニン誘導体に関する発明について、「近年、ポリアルキレングリコール(典型的にはポリエチレングリコール)を用いて木材からより安全、容易にリグニン成分を抽出して得られた改質リグニン(いわゆるグリコールリグニン)が注目され(非特許文献1~2参照)(後略)」(段落【0006】)、「原料であるグリコールリグニンとは、リグノセルロースをグリコール溶媒により酸触媒存在下、加溶媒分解して得られる改質リグニンである(特許文献4、非特許文献1~2参照)。」(段落【0013】)、「以下の方法で、重量平均分子量400のポリエチレングリコールにより変性されたリグニン(以下、単に「グリコールリグニン」という)を製造した。」(段落【0032】)等との記載がある。
(エ)公開特許公報2022-59551(甲3の4)
粒子径が小さく真球に近い形状を有するグリコールリグニン微粒子を製造する方法に関する発明について、「グリコールリグニン微粒子およびその製造方法」との発明名称の下、「酸を用いてグリコールリグニンを酸性化してグリコールリグニンを析出物として沈殿させた(後略)」(段落【0011】)、「アルカリの共存によりグリコールリグニンが溶解してなるグリコールリグニン溶液を、酸を用いて酸性化することにより、(後略)」(段落【0013】)等の記載がある。
(オ)森林総合研究所「第4期中長期計画成果集」(甲3の5)
請求人が平成28年度~令和2年度にかけて行った研究のうち主要な成果をとりまとめた冊子(令和3年11月発行)では、「森林資源由来の高性能プラスチック代替素材「改質リグニン」の開発」との表題の下、スギの木粉をPEGに浸漬して少量の酸と共に加熱することで、リグニン部分を分解すると同時にPEGと結合して、改質する新技術が掲載されており、「生産物は、PEGで改質されたリグニン分解物であるので、PEG改質リグニン(改質リグニン)、もしくはグリコールリグニン(GL)と呼ばれています。」との記載がある。
(カ)リグニンネットワーク「研究コンソーシアム「高機能リグニン」紹介」(甲3の6)
令和4年2月22日にリグニンネットワークがYouTubeにアップロードした動画では、「高機能リグニン」と称する研究コンソーシアムが紹介されており、動画タイトルの下に表示される摘要欄において、「改質リグニン(グリコールリグニン:GL)は、リグニンのばらつきとリグニン由来物の加工性の低さを、植物種の絞り込みと、グリコール系の薬液を用いることで解決した日本生まれの新しい素材です。」「「高機能リグニン」は、GLの高度利用を中心とした研究開発を行うために結成された研究コンソーシアムです。」との記載がある。
(キ)四国紙パルプ研究協議会「四国紙パ研技術ニュース」(第47巻第1号。甲3の7)
令和4年5月~7月の間に業界紙に掲載されたニュース等が掲載された同誌には、「高機能プラスチック代替を目指したグリコールリグニンの開発」と題して、令和4年度第1回講演会の諜演内容が掲載されている。
(ク)日刊木材新聞社「日刊木材新聞」(甲3の8)
令和4年7月29日に発行された同紙では、「木材利用の最新技術構座」と題する連載記事においてPEG改質リグニンが取り上げられており、「製造されたリグニン由来物はPEGにより改質されたリグニン由来物であり、PEG改質リグニンであるが、略して改質リグニンとして知られるようになった。グリコールリグニンとも呼ばれている。」との記載がある。
(ケ)CONVERTECH・新機能性材料展・グリーンマテリアル・3DECOtech・WELL-BEING TECHNOLOGY展示会事務局のプレスリリース(甲3の9)
令和5年2月1日から3日にかけて東京ビッグサイトで開催された「GREEN MATERIAL」と称する展示会では、サステナブルなモノづくりに資する最新の材料・技術に関する展示が行われ、リグニンネットワークは「改質リグニン(グリコールリグニン)を導入した高機能材料の開発」と題して出展を行った。
このように、請求人や各種コンソーシアムの構成員により使用されてきた「グリコールリグニン」との名称は、PEG改質リグニンの新素材としての注目度の高さから、以下のような業界向けウェブサイトでも使用されている例がある。
(コ)日経BPのバイオ専門メディア「日経バイオテク」(甲4の1)
同サイトにはライフサイエンス分野の重要なキーワードを解説する記事が連載されており、令和5年5月30日時点で500件の記事が掲載されている。令和4年11月1日付けの記事では、「改質リグニン」の用語が取り上げられており、「改質リグニンはポリエチレングリコール(PEG)を用いてスギから抽出した素材で、PEGリグニン、グリコールリグニンなどとも呼ばれている。」の記載がある。
(サ)情報サイト「化学+キャリアBizChem」(甲4の2)
化学業界に携わるビジネスマンにフォーカスした上記サイトには、令和4年8月12日付けで「誰でもわかる【リグニンとは?】注目されているバイオプラスチックの原料について分かりやすく解説」との表題の下、リグニンネットワークがYouTubeにアップロードした動画が引用されており、リグニンの利用方法を紹介する部分で「改質リグニンはポリエチレングリコール(PEG)改質リグニンの略称で、PEGリグニンやグリコールリグニンとも呼ばれています。」との記載がある。
前記(ア)~(サ)のいずれの使用例も「グリコールリグニン」との語をポリエチレングリコールとリグニンを結合したリグニン化合物、ポリエチレングリコールと杉より抽出されたリグニンを結合したリグニン化合物について用いるものであるから、「グリコールリグニン」との語が、本件商標の登録査定時において、ポリエチレングリコールとリグニンを結合したリグニン化合物、ポリエチレングリコールと杉より抽出されたリグニンを結合したリグニン化合物を指す名称として認識、使用されていたことは明らかである。
イ 小括
以上のとおり、「グリコールグニン」の語は、ポリエチレングリコールとリグニンを結合したリグニン化合物、ポリエチレングリコールと杉より抽出したリグニンを結合したリグニン化合物を指す用語として繰り返し使用されており、いずれの使用例においても「グリコールリグニン」の用語が被請求人の自社製品を識別するものであるというような特段の注記もされていないことから、ポリエチレングリコールとリグニンを結合したリグニン化合物、ポリエチレングリコールと杉より抽出したリグニンを結合したリグニン化合物を示す普通名称であることは明らかである。
(3)商標法第4条第1項第7号について
本件商標は、以下に述べるとおり、出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ない上、指定商品について使用することが社会公共の利益に反し、社会の一般的道徳観念に反するため、商標法第4条第1項第7号に該当する。
ア 請求人が「グリコールリグニン」との語を提唱してきたこと
前記(1)アで述べたとおり、請求人は、明治38年に農商務省山林局林業試験所として発足後、改編・名称変更を経て平成13年に成立した独立行政法人であり、森林、林業、木材産業、林木育種にわたる森林に関係する学際的な研究を行う中核的な試験研究機関である。
請求人は、平成17年頃から、これまで十分な利活用がなされていなかったリグニンのバイオマス資源としての可能性に着目し、有効に利活用する技術の研究開発に取り組んできた。その中で、化学構造の多様なリグニンの中でも杉に含まれるリグニンの構造が比較的均一であることを発見し、また、ポリエチレングリコールを用いてリグニンを改質することにより効率的にリグニンを抽出することができ、当該方法により得られたリグニン化合物が高強度かつ熱加工性に優れた新素材として工業的に利活用できることを見出した。請求人は、この新素材を「グリコールリグニン」又は「改質リグニン」と名付け、現在に至るまで、論文、学会、ウェブサイト、広報誌等で使用し続けている(前記(2)ア(ア)~(ケ)、甲3)。
イ PEG改質リグニンの研究開発に係る事業は公益的な性質を有すること
請求人の創作に係るPEG改質リグニンは、上述のとおり、高強度かつ熱加工性に優れているという工業材料としての利点にとどまらず、生分解性を有する環境にやさしい素材であることや、我が国固有の樹木である杉を原料としており国産資源の利活用の観点からも有用であること、農山村地域でも安全に製造することができ地方創生にも貢献しうること等から、府省庁の主催する課題研究や補助事業等にも取り上げられている。
例えば、閣議決定に基づき平成26年度~平成30年度に実施された第1期戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)では、林地残材の産業利用を実現し、新たな地域産業を創出する可能性のある高付加価値素材としてPEG改質リグニンに関する研究が採択され、請求人を含む産学官26機関(平成29年当時)で結成されたコンソーシアム「SIPリグニン」において委託研究が実施された(甲5の1、5の2)。内閣府は、平成30年度に創設した官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)においても、バイオ技術領域の委託研究としてPEG改質リグニンの高機能化に係る研究を取り上げており、請求人が代表を務めるコンソーシアム「高機能リグニン」も、15機関(当時)で体制を再編し、研究に参加している(甲6)。
また、農林水産技術会議(農林水産省の下部組織)の令和2年度農林水産研究推進事業委託プロジェクト研究では、「木質リグニン由来次世代マテリアルの製造・利用技術等の開発」と題する公募研究課題について、請求人を含む産学官11機関に対し研究推進事業が委託され、令和2年度~令和6年度にかけて、PEG改質リグニンの研究開発が進められている(甲7)。
さらに、林野庁の「林業分野における新技術推進対策事業」においても、木質新素材による新産業創出事業(地域資源を活用した改質リグニン製造産業のモデル開発)に対する助成金の採択が決定し、当該事業の一環として請求人を含む7機関が共同してPEG改質リグニンの製造を行う実証プラントを建設した(甲8)。林野庁は、ほかにも「林業イノベーション現場実装推進プログラム」において、プラスチック問題の解決や新たな産業創出に資する重要な事業の1つとしてPEG改質リグニンの実用化を位置づけ、開発・普及に向けた各種取組みを支援しており(甲9)、請求人も産学6機関とともに共同事業体を結成して、当該プログラムに参加している(甲10)。
上記のような官公庁・関係機関によるPEG改質リグニンの取扱いから明らかなとおり、PEG改質リグニンに係る研究開発は、単に請求人個人による研究開発にとどまるものではなく、農林水産業の次世代を担う新素材の開発・普及を推進するという国の政策目的に基づく公益的な性質を有するものである。
ウ PEG改質リグニンの研究開発が多数の参加機関により発展してきたこと
前記イで述べたとおり、PEG改質リグニンの研究開発は、戦略的イノベーション創造プログラムでは26機関が、官民研究開発投資拡大プログラムでは15機関が、農林水産研究推進事業委託プロジェクト研究では11機関が、林業分野における新技術推進対策事業では7機関が取り組み、発展させてきた。
その他にも、前述の「高機能リグニン」と称するコンソーシアムでは、官民研究開発投資拡大プログラムの終了後も、協力機関が8機関加わって、引き続きPEG改質リグニンの高度利用を中心とした研究開発が行われており(甲11)、138社の一般会員、27の特別会員、70名の研究会員が所属している「地域リグニン資源開発ネットワーク(リグニンネットワーク)」と称するコンソーシアムでは、PEG改質リグニン等の新素材の産業化に向けた連携・協力が図られ、会員においてPEG改質リグニンの研究開発等が進められている(甲12)。いずれのコンソーシアムも、セミナーの開催、イベントヘの出展、学会発表等により研究開発の成果を多数発信している。
上記のようなPEG改質リグニンの研究開発に携わってきた多数の関係者は、その取り組みの中で「グリコールリグニン」との語を継続して使用してきており(前記(2)ア(ア)~(ケ)、甲3)、実際に、その取り組みを紹介する各種報道において「グリコールリグニン」との語が広く使用されている(同(コ)~(サ)、甲4)。
エ 被請求人が「グリコールリグニン」の名称による利益の独占を図る意図を有していたこと
一方、被請求人は、化成品等の製造・販売、加工品工場の設備・設計等を目的として、令和元年12月3日に設立された法人であり(甲2)、PEG改質リグニンの研究開発には、同2年1月頃から参入している(前記(1)イ)。被請求人の参入当時には、既にPEG改質リグニンの製造方法や製造のためのテストプラントは請求人により完成されており、請求人以外の機関もPEG改質リグニンの研究開発に加わっていたことから、被請求人は、設立当初から請求人等とともにPEG改質リグニンの研究開発に取り組んでいた。例えば、前記イの林野庁の主催する林業分野における新技術推進対策事業では、被請求人は、請求人ほか6機関とともに共同事業体を結成して実証プラントの建設に取り組み、その後は、共同事業体から技術移転を受けてPEG改質リグニンの試験的な生産を担当している(前記イ、甲8)。被請求人のウェブサイトに、請求人が保有するPEG改質リグニンのテストプラントを参考にして実証プラントを完成させ、PEG改質リグニンを世界に広めることが経営計画として掲げられているとおり(甲13 現在、同記載は削除されている。)、被請求人の事業は、この時の共同事業を基盤としたものである。
また、被請求人は、林業イノベーション現場実装推進プログラムに係る共同事業体の研究開発、地域リグニン資源開発ネットワークにも参加しているため(甲10、甲12)、それらの活動を通じて、PEG改質リグニンの研究開発の経緯や公益的な意義を十分に認識していたにもかかわらず、被請求人は、令和4年5月11日、本件商標を単独で出願し、設定登録を受けた。当該出願を知った請求人は、同年9月、被請求人に対し、当該出願が設定登録された場合は商標権を譲渡するよう口頭で申し入れ、被請求人から譲渡する旨の回答を得ており、また、同5年8月9日に当該出願が設定登録されて以降も、同年11月29日に、電子メールにて商標権を譲渡する旨の連絡を受けていたが、同6年1月12日に、請求人から商標権譲渡の手続きの状況をメールで問い合わせても返答がなく、同月19日、22日、25日に被請求人の担当者に電話をしても繋がらなかった。
そのため、請求人は、被請求人に対して、同年2月7日、商標権譲渡を申し入れる旨の内容証明郵便を送ったものの(甲14)、指定の期限までに回答はなく、同年3月6日、改めて弁護士名義で送付した内容証明郵便(甲15)に対しても、指定の期限までに回答はなかった。
上記のような本件商標登録出願に係る一連の経緯に加え、被請求人は、請求人との間で締結した改質リグニンの製造プロセスの高度化に関する共同研究契約に違反して共同研究の成果である発明を単独で特許出願し(甲16 特願2022-198943、特願2022-212489、特願2023-006853)、林野庁主催の林業イノベーション現場実装推進プログラムに係る共同事業体の活動に伴う共同発明についても単独で特許出願している(甲10、甲14、甲15 特願2022-164925)。前者の3件の特許出願については、出願から約半年を経過した令和5年7月頃、請求人が当該出願の事実を知ってすぐ抗議をしたことにより取下げに至っているものの(甲17)、後者の特許出願については、現在も請求人からの取下げの申入れに対する回答はなく(甲14、甲15)、さらには、林野庁に対して被請求人を除く他の構成員から被請求人に対し特許を受ける権利の譲渡があった旨の虚偽の報告書までもが提出されている(甲18)。
被請求人によるPEG改質リグニン関連の発明及び商標に係る権利の単独取得を目指した上記の動きは、令和4年5月から令和5年1月にかけて行われており、その間には、同年1月4日付けで請求人との間で請求人が保有する特許権(特許番号第6890821号)の実施許諾契約が締結されている(甲19 なお、この特許権は、林野庁の補助事業として建設した実証プラントの稼働をしていく上で必須のものである。)。その上で、被請求人は、同年3月15日には本店を移転し(甲2)、同年7月31日には株式会社エムビーエス(以下「エムビーエス社」という。)との間で資本業務提携契約を締結して、同社とともにPEG改質リグニンの事業化を進める方向へ転換した(甲20)。
これらの事情を踏まえると、被請求人がPEG改質リグニンに係る共同発明について利益を独占するとともに、請求人が提唱し、PEG改質リグニンの研究開発に携わる多数の関係者が使用してきた「グリコールリグニン」との名称についても併せて利益の独占を図る意図を有していたことは明らかである。
オ 小括
以上のとおり、本件商標は、請求人の開発した木質新素材の名称として採用されたものであって、官公庁・関係機関が公費を投じて推進してきた研究開発事業においても多数の参加機関により使用されてきた「グリコールリグニン」との語と同一であるところ、被請求人は、請求人とともに林野庁の補助事業に参加し、その後も請求人と当該木質新素材の共同研究契約を締結する等、当該木質新素材の研究開発に関与していたことから、当該木質新素材が「グリコールリグニン」との名称で公共的な研究開発事業の中心に据えられ、当該事業の関係者に広く使用されてきたことを熟知していたにもかかわらず、本件商標が登録されていないことを奇貨として先取り的に商標登録出願し、登録を得たものである。
また、被請求人が当該木質新素材の共同発明について請求人等に無断で単独発明として特許出願を行ったことや、再三にわたる請求人による本件商標に係る商標権譲渡の申入れにも一向に応じようとしないこと、それらの発明及び商標に係る権利を利用してエムビーエス社との資本提携関係の下でPEG改質リグニンの事業化を進めていることに鑑みると、今後請求人をはじめとする当該木質新素材の研究開発に係る事業の関係者が「グリコールリグニン」との語の使用を妨げられる事態が生じることは明らかであるから、被請求人による商標登録出願は、当該事業の遂行を阻止し、公共的利益を損なう結果に至ることを知りながら、「グリコールリグニン」との語による利益の独占を図る意図でしたものであって、剽窃的なものといわざるを得ない。
したがって、本件商標は、出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ない上、その指定商品について使用することが社会公共の利益に反し、あるいは、社会の一般的道徳観念に反するものであるから、商標法第4条第1項第7号に該当する。
被請求人には請求書の副本を送達し、相当の期間を指定して、請求人の主張に対して、答弁書を提出する機会を与えたが、被請求人は、何ら答弁していない。
当審において、被請求人に対し、本件商標の登録は、その指定商品について、商標法第3条第1項第3号の規定に違反してされたものであるから、同法第46条第1項の規定により、無効とすべきものである旨の無効理由通知を令和7年8月19日付けで通知し、相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えた。
前記第4の無効理由通知に対し、被請求人は、何ら意見を述べていない。
請求人が本件審判を請求する利害関係を有することについては、被請求人からは答弁がなく、当事者間に争いがないものであり、請求人が本件審判を請求する利害関係を有するものと認める。
以下、本案に入って審理する。
(1)請求人の提出に係る証拠によれば、次の事実が認められる。
ア 「第4期中長期画成果集」(編集・発行:国立研究開発法人 森林研究・整備機構森林総合研究所 令和3年11月発行 甲3の5)
「森林資源由来の高性能プラスチック代替素材「改質リグニン」の開発」の見出しの下、「生産物は、PEGで改質されたリグニン分解物であるので、PEG改質リグニン(改質リグニン)、もしくはグリコールリグニン(GL)と呼ばれています。」との記載がある。
イ YouTubeにおける記事(2022年(令和4年)2月22日 甲3の6)
「研究コンソーシアム「高機能リグニン」紹介」の見出しの下、「改質リグニン(グリコールリグニン:GL)は、リグニンのばらつきとリグニン由来物の加工性の低さを、植物種の絞り込みと、グリコール系の薬液を用いることで解決した日本生まれの新しい素材です。」との記載がある。
ウ 「日刊木材新聞」(2022年(令和4年)7月29日 第6面 甲3の8)
「木材利用の最新技術構座」の見出しの下、「改質リグニンは木材中の「リグニン」と総称される成分を原料として製造する素材である。」「製造されたリグニン由来物はPEGにより改質されたリグニン由来物であり、PEG改質リグニンであるが、略して改質リグニンとして知られるようになった。グリコールリグニンとも呼ばれている。」との記載がある。
エ 「PR TIMES」のウェブサイトにおける「CONVERTECH・新機能性材料展・グリーンマテリアル・3DECOtech・WELL-BEING TECHNOLOGY展示会事務局」のプレスリリース(2023年(令和5年)1月24日 甲3の9)
「初開催「GREEN MATERIAL」42社40小間が出展 サーキュラーエコノミーの実現に貢献する材料・加工技術が集結」の見出しの下、「改質リグニン(グリコールリグニン)を導入した高機能材料の開発」「2020年に結成した研究コンソーシアム「高機能リグニン」にて、地域の森林資源を用いて、スーパーエンジニアリングプラスチック相当の性能と高い環境適合性を持つ新たなバイオベース材料の開発を行う。」との記載がある。
オ 「日経バイオテク」のウェブサイト(2022年(令和4年)11月1日 甲4の1)
「改質リグニンとは スギを原料に工業生産化されたバイオマス新素材」の見出しの下、「改質リグニンはポリエチレングリコール(PEG)を用いてスギから抽出した素材で、PEGリグニン、グリコールリグニンなどとも呼ばれている。」との記載がある。
カ 「BizChem」のウェブサイト(2022年(令和4年)8月12日 甲4の2)
「誰でもわかる【リグニンとは?】注目されているバイオプラスチックの原料について分かりやすく解説」の見出しの下、「リグニンの利用方法」の項において、「・・・リグニンを化学反応して、新しい物質に変化させてプラスチックなどにするものです。これを改質リグニンと呼びます。改質リグニンはポリエチレングリコール(PEG)改質リグニンの略称で、PEGリグニンやグリコールリグニンとも呼ばれています。」との記載がある。
キ 「広辞苑 第七版(株式会社岩波書店)」(職権調査)
「グリコール」の文字は「エチレン-グリコールの略。2価アルコールの総称。」を、「リグニン」の文字は「維管束植物の道管・仮道管・繊維などの細胞壁に蓄積される高分子重合体。」をそれぞれ意味する語として掲載されている。
(2)前記(1)で認定した事実によれば、「グリコールリグニン」は、「ポリエチレングリコールを用いて改質したリグニン」、すなわち「ポリエチレングリコール改質リグニン」の略称として用いられている語と判断するのが相当であり、当該語は、化学品の分野において、上記意味を表す語として、本件商標の登録査定時よりも前において多数使用されていることが認められる。
そうすると、「グリコールリグニン」の語は、「ポリエチレングリコールを用いて改質したリグニン」を表す語として、当該分野の取引者及び需要者に認識され、かつ、使用されていると判断するのが相当である。
本件商標は、前記第1のとおり、「グリコールリグニン」の文字を標準文字で表してなるものである。
そして、前記2(2)のとおり、「グリコールリグニン」は、化学品の分野において、「ポリエチレングリコールを用いて改質したリグニン」を表す語として、当該分野の取引者及び需要者に認識され、かつ、使用されているものである。
また、本件商標の指定商品は、第1類に属する前記第1のとおりの商品であり、化学品の分野に属する商品である。
そうすると、本件商標は、その指定商品に使用するときには、「ポリエチレングリコールを用いて改質したリグニン化合物」と認識され、当該性質を有する商品といった商品の品質を表したものと認識されるといわなければならない。
加えて、本件商標は、標準文字で表してなるものであるから、普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であることが明らかである。
したがって、本件商標は、その指定商品に使用するときには、商品の品質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標といわなければならないから、商標法第3条第1項第3号に該当する。
本件商標を構成する「グリコールリグニン」の文字は、「ポリエチレングリコールを用いて改質したリグニン」を意味する語であり、前記3のとおり、本件商標の指定商品との関係においては、商品の品質を表示するものであるから、商品の普通名称ということはできない。
したがって、本件商標は、商標法第3条第1項第1号に該当しない。
商標法第4条第1項第7号該当性について、請求人は、本件商標が、商標法第4条第1項第7号に該当する理由として、本件商標の登録出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ない上、指定商品について使用することが社会公共の利益に反し、社会の一般的道徳観念に反する旨主張するので、以下判断する。
(1)請求人による本件商標の登録出願の機会について
前記第2の2(1)アのとおり、請求人は、本件商標の登録出願(令和4年5月11日)前である明治38年に農商務省山林局林業試験所として発足後、改編・名称変更を経て平成13年に成立した独立行政法人である。そして、遅くとも平成26年頃には「PEG改質リグニン」を「グリコールリグニン」と名付けて、現在まで「グリコールリグニン」の名称を使用していると主張する。
そうすると、請求人は、自らすみやかに本件商標について商標登録出願する機会が十分あったにもかかわらず、それをしなかったということであり、また、それができなかった特段の事情があったと認めるに足りる事実もないことから、当該登録出願を怠っていたものと評価せざるを得ない。
(2)被請求人が請求人及び「グリコールリグニン」の存在を知っていたかについて
請求人は、「被請求人は、本件商標が登録されていないことを奇貨として先取り的に商標登録出願し登録を受けたものであり、また、今後請求人をはじめとする木質新素材に係る事業の関係者が「グリコールリグニン」との語の使用を妨げられる事態が生じることは明らかであるから、被請求人による本件商標に係る登録出願は、当該事業の遂行を阻止し、公共的利益を損なう結果に至ることを知りながら、「グリコールリグニン」との語による利益の独占を図る意図でしたものであって、剽窃的なものといわざるを得ない。」旨を主張している。
確かに、請求人の主張及び同人の提出に係る甲各号証によれば、被請求人は、請求人とともに林野庁の補助事業に参加し、その後も請求人と当該木質新素材の共同研究契約を締結する等、研究開発に関与していたことから、被請求人は、本件商標の登録出願時には、請求人の存在及び当該木質新素材が「グリコールリグニン」との名称で公共的な研究開発事業の中心に据えられ、当該事業の関係者に広く使用されていたことを知っていたものといえる。
しかしながら、被請求人は、前記第1のとおり、令和4年5月11日に、本件商標について商標登録出願し登録を受けたこと、当該木質新素材の共同発明について請求人等に無断で単独発明として特許出願を行ったこと、請求人による本件商標に係る商標権譲渡の申入れに応じないこと、PEG改質リグニンの事業化を進めるために請求人以外の第三者(エムビーエス社)との資本提携を行ったことは認められるが、これらのことをもって本件商標の登録出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあるとまではいえない。
そして、請求人の提出した証拠からは、具体的に、被請求人が請求人の活動を阻害しあるいは請求人に対して交渉等における有利な地位を確保しようとしていることなどを裏付ける事実は見いだせない。
(3)以上からすると、本件商標について、商標法の先願登録主義を上回るような、その登録出願の経緯に著しく社会的妥当性を欠くものがあるということはできないし、そのような場合には、あくまでも、当事者間の私的な問題として解決すべきであるから、公の秩序又は善良の風俗を害するというような事情があるということはできない。
その他、本件商標の構成自体が非道徳的、卑わい、差別的、矯激若しくは他人に不快な印象を与えるような文字である場合、当該商標の構成自体がそのようなものでなくとも、指定商品について使用することが社会公共の利益に反し、社会の一般的道徳観念に反する場合、他の法律によって、当該商標の使用等が禁止されている場合、特定の国若しくはその国民を侮辱し、又は一般に国際信義に反するものとはいえない。
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第7号に該当しない。
以上により、本件商標は、商標法第3条第1項第1号及び同法第4条第1項第7号には該当しないものの、同法第3条第1項第3号に該当するものである。
したがって、本件商標の登録は、商標法第46条第1項により、無効とすべきである。
よって、結論のとおり審決する。
Next Action
類似審決の追加調査から中間応答、新規出願の費用確認まで、この審決を起点に次のアクションへ進めます。
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